スーパーカミオカンデの「不足」を数値で比較ーースーパーカミオカンデの研究から紐解いてみた

Visual by ロザニカ, via midjourney

岐阜県飛騨市・神岡の地下にあるスーパーカミオカンデは、巨大な水槽の中で生じるチェレンコフ光を使ってニュートリノを捉える観測装置です。この装置は1990年代から2000年代初頭にかけて、ニュートリノ物理を大きく動かす二つの「不足」を観測しました。ひとつは宇宙線が大気中で生み出す大気ニュートリノ、もうひとつは太陽から届く太陽ニュートリノです。どちらも予測より少ない。しかし、研究データを詳しく見ると、その「少なさ」はかなり違った形で現れていました。

1998年の大気ニュートリノ研究で重要だったのは、単純な総数不足ではありません。真上の大気で生まれたニュートリノは検出器まで約15kmですが、地球の反対側から来るものは内部を通って約1万3000km飛びます。ロザニカで論文中の距離を割ると、その差は約867倍、丸めれば約870倍です。そしてmulti-GeVのミュー型イベントで報告された上下非対称度 A=−0.296A=-0.296 を、論文と同じ A=(U−D)/(U+D)A=(U-D)/(U+D) の式からイベント数比へ換算すると、上向きは下向きの約54%。長い距離を飛んできた側では約46%少ない計算になります。一方、電子型ではこれほど大きな上下差は確認されませんでした。つまり大気ニュートリノでは、「ミュー型が少ない」だけでなく、どれだけ長く飛んだかによって不足の程度が変わることが強い手掛かりになっていたのです。

ところが、1258日分を解析した2001年の太陽ニュートリノ研究では、異常の見え方が変わります。測定されたフラックスは 2.32×106 cm−2s−12.32\times10^6\ \mathrm{cm^{-2}s^{-1}} で、当時のBP2000標準太陽モデルが予測した量の45.1%。半分以下しか届いていませんでした。それほど大きな不足があるにもかかわらず、反跳電子のエネルギースペクトルには統計的に有意な歪みがなく、昼と夜の非対称度も0.033でゼロとの差は1.3標準偏差でした。大気ニュートリノのように、観測条件を変えると不足が大きく変わるパターンは、この1258日データでは明瞭に現れなかったのです。

ロザニカでは、1998年の大気ニュートリノ研究と2001年の太陽ニュートリノ研究について、単に「どちらもニュートリノが消えた」とまとめるのではなく、研究者が実際に何と何を比べ、その比較の中でどんな差が現れたのかを数値で追いました。さらに、大気ニュートリノでは15kmと1万3000kmから飛行距離差を約870倍と算出し、報告された上下非対称度から上向き/下向き比を約0.54へ換算しています。すると、大気では飛行距離と種類によって変わる「不足のパターン」が振動の強い証拠になったのに対し、太陽ではまず予測総量の45.1%という大きな不足が前面に現れていたことが分かります。本記事では、この数字の違いではなく、それぞれの観測で何がニュートリノ振動の手掛かりになったのかを比較していきます。

大気ニュートリノは「どれだけ地球を飛んだか」で消え方が変わった

大気ニュートリノは、宇宙線が地球の上層大気に衝突して生まれます。

この仕組みでは電子型ニュートリノとミュー型ニュートリノが発生しますが、研究で用いられた計算では、ミュー型と電子型のフラックス比はおよそ2で、0.1〜10 GeVという広いエネルギー範囲でも、この比の理論的不確かさは5%未満とされていました [1]。

スーパーカミオカンデは、ニュートリノが水中の原子核と反応したときに生じる電子やミューオンのチェレンコフ光を調べ、「e-like(電子型らしい)」イベントと「μ-like(ミュー型らしい)」イベントを分類します。

そして実際の観測では、μ-likeイベントが予想より明らかに少なくなっていました。

たとえばsub-GeV領域では、シミュレーションで1573.6件のμ-likeイベントが予測されたのに対し、実測は1158件でした。一方、e-likeイベントは予測1049.1件に対して1231件です。電子型とミュー型の比を使って理論や検出効率の影響を抑えた指標 (R) は、0.63±0.03(統計)±0.05(系統)でした [1]。

しかし、本当に重要だったのは「数が少ない」ことだけではありません。

地球の上から来ると15km、下から来ると約1万3000km

大気ニュートリノには、スーパーカミオカンデならではの強力な比較条件があります。

真上の大気で生まれて下向きに飛んでくるニュートリノは、検出器までおよそ15kmしか移動しません。一方、地球の反対側の大気で生まれ、地球内部を通って上向きに飛んでくるニュートリノは、約1万3000kmを移動します [1]。

単純に距離だけを比べると、

13,000 ÷ 15 ≒ 867

となります。

つまり同じ検出器に飛び込む大気ニュートリノだけで、飛行距離がおよそ870倍も異なる粒子を比較できるわけです。これは論文中の距離をもとにロザニカ編集部が算出した値です。

ニュートリノ振動の確率は、単純な2種類のニュートリノを仮定した場合、距離 (L) とニュートリノのエネルギー (E) の比 (L/E) に依存します [1]。そのため、大気ニュートリノは「同じ装置を使いながら、ニュートリノが飛んだ距離を大幅に変えた実験」のように利用できます。

そして観測された異常は、まさにこの飛行距離と対応していました。

multi-GeVのμ-likeイベントでは、上向きと下向きの非対称度

A = −0.296 ± 0.048(統計)± 0.01(系統)

が測定され、ゼロから6標準偏差以上ずれていました [1]。

この値から論文と同じ定義 (A=(U-D)/(U+D)) を使って上向きイベント数 (U) と下向きイベント数 (D) の比を逆算すると、

U / D ≒ 0.54

となります。

つまり、このサンプルでは上向きのμ-likeイベントは、下向きのおよそ54%に相当します。言い換えれば、地球を長距離通過してきた側では約46%少ない計算です。これは報告された非対称度をもとにしたロザニカ編集部の換算です。

一方、e-likeイベントでは同じような大きな上下非対称は確認されませんでした。

この「電子型ではなくミュー型」「しかも長距離を飛んだ側ほど不足する」という二重のパターンが、大気ニュートリノ研究の決定的な特徴でした。

図解1:同じスーパーカミオカンデに届く「15km」と「1万3000km」のニュートリノ

大気では「方向」が証拠になった――単なる予測ミスでは説明しにくい

ニュートリノが予想より少ないだけなら、「そもそも発生数の計算が間違っていたのではないか」という疑問が残ります。

この点でも、大気ニュートリノの結果は強力でした。

大気ニュートリノの絶対的なフラックス予測はモデルによって約20%変動する一方、ミュー型と電子型の比は比較的安定しています。また、上向きと下向きを比較すれば、ニュートリノが全体としてどれだけ発生したかという絶対量の不確かさも影響しにくくなります [1]。

つまり研究者たちは、「予測総数そのもの」ではなく、

電子型とミュー型の違い
上向きと下向きの違い

という二つの比較を使っていました。

粒子識別についてもMonte Carloではe-like、μ-likeとも98%以上の効率と推定され、実際の電子・ミューオンを使った検証も行われています。研究チームは、フラックス、反応断面積、粒子識別など既知の不確かさでは観測されたパターンを説明できないと判断しました [1]。

2種類のニュートリノだけを考えた解析では、μ型からτ型への振動を仮定した場合、

sin²2θ = 1.0
Δm² = 2.2 × 10⁻³ eV²

付近が最良適合となりました [1]。

逆にμ型から電子型への振動モデルでは、multi-GeVのe-likeイベントに予測される非対称と実測値が3.4標準偏差異なり、この説明は支持されませんでした。

ただし、ここには1998年時点での重要な限界があります。

このデータで予想されるτニュートリノの荷電カレント反応は15〜20イベント程度しかなく、研究チーム自身が、当時のデータだけでは「μ型がτ型になった場合」と「相互作用しないステライルニュートリノになった場合」を区別できないとしています [1]。

したがって、この論文が直接示した核心は、「τ型を大量に直接見つけた」ことではありません。

ミュー型ニュートリノが、飛行距離に依存する形で失われている。しかも、そのパターンがニュートリノ振動とよく一致する。

ここまでが、この1998年論文から言える範囲です。

太陽ニュートリノは45.1%しか来なかった――しかし「消え方」の模様は薄かった

一方、太陽ニュートリノ研究で見えていた異常は、かなり違います。

1258日分の観測を解析した研究では、スーパーカミオカンデは太陽方向から飛んでくるニュートリノによって弾き飛ばされた電子を、5.0〜20.0 MeVの反跳電子エネルギー領域で測定しました [2]。

最終的に推定された太陽ニュートリノ信号は18,464イベントです。

そこから求められたフラックスは、

2.32 ± 0.03(統計)+0.08/−0.07(系統)×10⁶ cm⁻² s⁻¹

でした。

これは研究で基準にしたBP2000標準太陽モデルの予測値の、

45.1 ± 0.5(統計)+1.6/−1.4(系統)%

にすぎません [2]。

半分以下です。

数字だけを見るなら、大気ニュートリノ以上に劇的な「消失」に見えます。

ところが、大気ニュートリノと同じように「どの条件で特に減ったのか」を探すと、状況は異なりました。

昼と夜では、ほとんど差がつかなかった

太陽ニュートリノの場合、夜にはニュートリノが地球内部を通ってからスーパーカミオカンデに到達します。

研究では、ニュートリノが地球のマントルや核を通過することで生じ得る物質効果を調べるため、昼と夜のフラックスが比較されました [2]。

結果は、

昼:2.28 ×10⁶ cm⁻² s⁻¹
夜:2.36 ×10⁶ cm⁻² s⁻¹

でした。

夜の方がやや多いものの、昼夜非対称度は

0.033 ± 0.022(統計)+0.013/−0.012(系統)

で、ゼロとの差は1.3標準偏差でした [2]。

このデータだけから、「夜になると明確に変化した」と言える強さではありません。

さらに反跳電子のエネルギースペクトルも、歪みがない場合との比較でχ²/自由度 = 19.0/18となり、統計的に有意なスペクトル変形は確認されませんでした [2]。

季節変動についても、観測された変化は地球軌道の離心率から予想される年間変動と整合していました。

つまり1258日データが示したのは、かなり奇妙な組み合わせです。

電子散乱の観測から、振動がない場合の仮定で換算したフラックスが、当時の標準太陽モデルの予測の45.1%しかない。

しかし、

エネルギーによって激しく減り方が変わるわけでもなく、昼と夜で明確に変わるわけでもない。

大気ニュートリノで見えたような、誰の目にも分かる「条件依存の消え方」は、この研究では確認されなかったのです。

なぜ同じ装置なのに違う? 二つの研究を同じ軸で並べる

ここからは、2本の資料をもとにしたロザニカ編集部の比較・整理です。

重要なのは、大気と太陽で「ニュートリノが不足した」という結果だけを比較しないことです。研究者が実際に何と何を比較したのかを揃えると、違いがはっきりします。

表1:スーパーカミオカンデが捉えた二つの「ニュートリノ不足」

比較項目大気ニュートリノ [1]太陽ニュートリノ [2]
主な発生源宇宙線が上層大気に衝突して生成太陽
観測データ535日、33.0 kton・yr1258日
主な観測対象e-like / μ-likeイベント太陽方向の反跳電子
主な比較μ型と電子型、上向きと下向き標準太陽モデルとのフラックス比較
不足の代表値R = 0.63(sub-GeV)、0.65(multi-GeV)BP2000予測の45.1%
条件依存性μ-likeで強い上下非対称昼夜差は1.3σ
スペクトル・方向の特徴長いL/Eほどμ-likeが減少有意なスペクトル歪みなし
当時の論文から言えることニュートリノ振動の強い証拠太陽ニュートリノ不足を高精度で確認し、振動モデルを制限

この表から見えてくる最大の違いは、「不足そのもの」と「不足の形」のどちらが証拠になったかです。

大気ニュートリノでは、絶対的な発生量を多少間違えていても、「上から来るμ型は比較的残り、地球を横切ってきたμ型ほど減る」という形を説明しなければなりません。

しかもe-likeイベントには同じ変化がありません。

したがって、大気ニュートリノではパターンそのものがニュートリノ振動を示す証拠になりました。

これに対して1258日分の太陽ニュートリノ研究では、最も目立つ異常は「標準太陽モデルより絶対量が少ない」ことでした。研究者たちは、それとは独立した振動の痕跡としてエネルギースペクトル、昼夜差、季節変化を探しましたが、このデータでは有意なスペクトル歪みや昼夜差は確認されませんでした [2]。

この違いを一言で表すなら、

大気では「どこを通ってきたか」で消え方が変わり、太陽では「全体として少ない」という姿が前面に出た

ということです。

図解2:同じ「不足」でも証拠の形は違った

「同じ検出器だった」からこそ、ニュートリノの奇妙さが際立った

二つの論文を比較すると、「スーパーカミオカンデがニュートリノの消失を二度発見した」と一括りにするだけでは、重要な違いを見落とします。

1998年の大気ニュートリノ研究では、ミュー型ニュートリノの不足だけでなく、飛行距離とエネルギーに応じて不足の程度が変化することが重要でした。真上から来る約15kmのニュートリノと、地球を横切る約1万3000kmのニュートリノを比較できたためです [1]。

一方、1258日分の太陽ニュートリノ研究では、予測の45.1%という大きな不足を高精度で測定したものの、エネルギースペクトルの歪みや昼夜差といった追加の特徴は、この時点では統計的に有意ではありませんでした [2]。

したがって、二つの「消失」の最大の違いは、単純に消えた割合ではありません。

大気ニュートリノでは「どのニュートリノが、どれだけ飛ぶと減るか」を検出器内部で比較できた。太陽ニュートリノでは「太陽モデルが予測する量に対して、どれだけ届いたか」が大きな手掛かりになった。

同じ巨大水槽、同じチェレンコフ光、同じスーパーカミオカンデ。

それでも、宇宙から飛んでくるニュートリノの出発点とエネルギー、そして研究者が設定できる比較条件が違えば、「振動」はまったく違う顔を見せます。

ニュートリノが奇妙なのは、単に「途中で消える」からではありません。

どこから来たか、どれだけ飛んだか、何と比較するかによって、その消失の痕跡そのものが変わって見える。

大気と太陽の観測を並べて初めて、スーパーカミオカンデが捉えた「ニュートリノ振動」という現象の奥行きが見えてきます。


参考文献
[1] Fukuda Y, et al. Evidence for Oscillation of Atmospheric Neutrinos. Physical Review Letters. 1998;81(8):1562–1567.
[2] Fukuda S, et al. Solar 8B and hep Neutrino Measurements from 1258 Days of Super-Kamiokande Data. arXiv. 2001;hep-ex/0103032.

執筆:相原航
検証・編集:白石慎