コウモリダコは“獲物を狩らない”?170個体の行動観察と低酸素への呼吸適応から食生活を考察

Visual by ロザニカ, via midjourney

「地獄の吸血イカ」を意味する学名を持つコウモリダコ。黒っぽい体、青く光る大きな目、8本の腕をつなぐマントのような膜。その姿だけを見れば、暗い深海で獲物を待ち伏せする恐ろしい捕食者を想像してしまいます。

しかし、実際の食生活はそのイメージから大きく外れています。

深海での行動観察や消化管内容物の分析から、コウモリダコは主に、動物の死骸や糞、脱皮殻などを含む「マリンスノー」を食べていることが示されました。一般的なイカのように獲物を追い回すのではなく、海中をゆっくり沈んでくる有機物を、細長いフィラメントで集めているのです [1]。

なぜコウモリダコは、ほかのイカやタコとは異なる食べ方を選んだのでしょうか。その背景には、酸素が極端に少ない深海で生きるための、徹底した省エネルギー戦略がありました。本記事では深海での行動観察、消化管内容物、生理学的研究をもとに、マリンスノーを利用する食生活と、低酸素環境でエネルギー消費を抑える身体的特徴がどのように結びついているのかを考察します。

コウモリダコは本当に“獲物を狩らない”のか?

多くのイカやタコは、魚、甲殻類、ほかの頭足類など、生きた動物を捕らえて食べます。

イカは伸縮する触腕を素早く伸ばして獲物をつかみ、タコは腕や吸盤を使って獲物を拘束します。暗く、餌の密度が低い深海に暮らす種であっても、基本的には何らかの方法で生きた獲物を捕らえる捕食者です。

ところが、コウモリダコには、一般的なイカが持つ捕食用の触腕がありません。8本の腕とは別に、2本の細長い格納式フィラメントを持っていますが、これは獲物を強くつかむための器官には見えません。

コウモリダコの食生活を詳しく調べた研究では、1992年から2012年までに、遠隔操作無人探査機を使って170個体が観察されました。映像の総時間は約24時間に及びます。さらに、研究者たちは捕獲個体の消化管内容物、吐き戻した餌の塊、排泄物を調べ、飼育下での給餌実験も行いました [1]。

その結果、コウモリダコの体内から見つかったのは、甲殻類の触角や脚、脱皮殻、珪藻、放散虫、魚の鱗、卵、糞粒、ゼラチン質の動物の破片などでした。これらは、1匹の獲物を丸ごと捕らえて食べたと考えるより、海中を漂う有機物の集合体を取り込んだと考えた方が自然な組み合わせです [1]。

トロールで捕獲された43個体のうち、36個体の食物貯蔵器官から餌が見つかりました。その多くには、さまざまな微粒子や生物の破片が粘液でまとめられた塊が含まれていました。19個体からは、大きさや形の異なる糞粒も確認されています [1]。

研究者たちは、こうした証拠から、調査地域のコウモリダコを主にデトリタスを食べる「デトリタス食者」と結論づけました。

ここでいうデトリタスとは、海中の有機物の破片です。単なる泥や無機物ではなく、死んだ生物、排泄物、脱皮殻、植物プランクトンなど、生物由来の物質を含んでいます。

恐ろしげな名前とは裏腹に、コウモリダコは血を吸うどころか、深海を漂う“食べられる残り物”を集めていたのです。

体長の約8倍まで伸びる「糸」で海の雪を集める

コウモリダコの採餌で中心的な役割を果たすのが、2本の格納式フィラメントです。

このフィラメントは、第1腕と第2腕の間にある袋状の部分から伸びます。使わないときは内部に巻き取られていますが、伸ばすと個体の全長の約8倍に達することがあります。通常は2本を同時に出すのではなく、片方だけを伸ばします [1]。

フィラメントの表面には、細く柔軟でありながら一定の硬さを持つ毛状構造があります。内部には大きな神経が通り、感覚細胞とみられる細胞も多数存在していました。一方の側には筋肉組織が集中しており、フィラメントを巻き取る動きに関係している可能性があります [1]。

つまり、この細い糸は、ただ水中に垂らされているわけではありません。接触した物体を感知し、微細な粒子を表面に付着させ、必要に応じて引き戻せる構造になっているのです。

飼育実験では、フィラメントにプランクトンの破片やカイアシ類が触れると、粒子がその表面に付着しました。コウモリダコはフィラメントを回収しながら8本の腕の間に通し、付着した餌を腕で拭い取ります。

その後、餌は粘液で包まれ、ひとつの塊にまとめられました。腕に並ぶ吸盤周辺には粘液を分泌する細胞が確認されており、この粘液が細かな餌をまとめる役割を持つと考えられています [1]。

さらに、腕には「シリ」と呼ばれる指状の突起が並んでいます。研究者たちは、このシリが粘液に包まれた餌の塊を口まで運んでいる可能性を指摘しています。ただし、運搬におけるシリの具体的な動きが完全に解明されたわけではありません。

一般的なイカの触腕が“銛”や“投げ縄”だとすれば、コウモリダコのフィラメントは、深海を漂う微粒子を集める“集塵ワイヤー”に近い器官です。

獲物を高速で追跡する必要も、力強く拘束する必要もありません。糸を伸ばして待ち、餌が付着したら静かに回収する。この消極的に見える方法こそ、酸素の少ない深海に適した採餌方法なのです。

図解1:コウモリダコが「海の雪」を食べるまで

“海のゴミ”は本当に栄養になるのか?

マリンスノーは、海中をゆっくり沈んでいく白い粒子の集まりです。暗い海中で照明を当てると雪のように見えるため、この名前で呼ばれています。

しかし、その中身は均一ではありません。

コウモリダコの消化器官からは、珪藻、放散虫、甲殻類の一部、脱皮殻、卵、糞粒、魚の鱗などが見つかりました。なかには、カイアシ類、端脚類、貝形虫などの小型甲殻類が比較的完全な状態で含まれていることもありました [1]。

完全な甲殻類が見つかったからといって、コウモリダコが積極的に捕食したとは限りません。マリンスノーの塊には、その表面を餌場として利用する小動物が集まることがあります。コウモリダコは有機物の塊を回収する際、そこに付着していた小動物も一緒に取り込んでいる可能性があります。

特に重要な食料源と考えられているのが、巨大なオタマボヤ類が捨てた粘液質の濾過装置です。

オタマボヤ類は、粘液でできた巨大な構造物を使って海水中の微粒子を濾過します。構造物が目詰まりすると、それを捨てて新しいものを作ります。捨てられた粘液構造は「シンカー」と呼ばれ、植物プランクトン、糞粒、甲殻類の破片などを巻き込みながら深海へ沈んでいきます。

コウモリダコの消化器官や吐き戻した餌からも、このシンカーの一部が確認されました。シンカーは見た目こそ海中を漂うゴミのようですが、さまざまな有機物を含んだ“深海の弁当箱”でもあるのです [1]。

大量の筋肉を動かして1匹の魚を追うより、複数の有機物がまとまった塊を回収する方が、消費するエネルギーは少なく済みます。

酸素の少ない深海で生きられる“特殊な血液”

コウモリダコが暮らすのは、単に暗くて深い場所ではありません。多くの個体は、「酸素極小層」と呼ばれる、海水中の酸素が極端に少ない水域で確認されています。

モントレー海底谷周辺では、水深約600〜900メートル、溶存酸素濃度が1リットル当たり約0.4ミリリットルを中心とする水域でコウモリダコが観察されました [1]。

酸素極小層では、多くの動物が強いストレスを受けます。長時間とどまれない動物も多く、生物の種類や個体数は周辺の水域より少なくなる傾向があります。

それにもかかわらず、コウモリダコは酸素極小層の中心部を恒常的な生活場所として利用できると考えられています。その理由のひとつが、血液中で酸素を運ぶ「ヘモシアニン」の性質です。

人間を含む脊椎動物は、主に鉄を含むヘモグロビンで酸素を運びます。一方、イカやタコなどの頭足類は、銅を含むヘモシアニンを使用します。

コウモリダコのヘモシアニンを調べた研究では、酸素親和性を示すP50が0.47〜0.55キロパスカルと測定されました。P50は、ヘモシアニンの半分が酸素と結合する際の酸素分圧です。数値が低いほど、酸素が少ない環境でも酸素を結びつけやすいことを意味します。

この値は、研究当時に測定されていた頭足類のヘモシアニンの中で、最も高い酸素親和性を示すものでした [2]。

ただし、酸素を強くつかむだけでは、呼吸は成立しません。血液は鰓で酸素を受け取るだけでなく、体の組織で酸素を手放す必要があります。

コウモリダコのヘモシアニンには、周囲の酸素分圧がわずかに変化した際に、結合している酸素の量を大きく変えられる性質が確認されました。研究者たちは、この性質が、低酸素の海水から酸素を取り込み、組織で放出する働きを助けていると解釈しています [2]。

しかし、“特殊な血液”だけで低酸素層を生き抜いているわけではありません。

コウモリダコは、頭足類の中でも非常に低い代謝率を持つと報告されています。必要とする酸素そのものが少ないため、鰓の酸素拡散能力が突出して高くなくても、日常的な代謝を維持できると考えられています [1][2]。

さらに、ほぼ中性浮力に近い状態を保てるため、水中に浮かび続けるためのエネルギーも抑えられます。強力な筋肉で泳ぎ続けるのではなく、普段はほとんど動かず、鰭を穏やかに動かして姿勢を維持します。

つまり、コウモリダコの低酸素耐性は、ひとつの“超能力”によるものではありません。

酸素と結びつきやすいヘモシアニン、少ない酸素消費量、過度に動かない生活、浮力を利用した省エネ。この複数の特徴が組み合わさることで、ほかの頭足類が活動しにくい環境で暮らせると考えられているのです。

図解2:低酸素の深海で暮らすコウモリダコの省エネ設計

“狩らない”ことは弱さではなく、深海への最適化だった?

コウモリダコの生活を地上の感覚で見ると、どこか消極的に映ります。

高速で泳がない。大きな獲物を追わない。強力な吸盤で獲物を拘束しない。海中に糸を伸ばし、漂ってくる細かな有機物を待つ。

しかし、酸素極小層では、活発に動くこと自体が大きな負担になります。周囲に酸素が少ない以上、獲物を追って大量のエネルギーを消費すれば、その分だけ呼吸による回収が難しくなるからです。

その一方で、酸素極小層には、表層から沈んでくるマリンスノーや大型の有機物集合体が存在します。典型的な魚や甲殻類の獲物は少なくても、コウモリダコが利用できるデトリタスは供給され続けます。

また、多くの捕食者にとっても低酸素環境は活動しにくい場所です。研究者たちは、捕食圧が周辺水域より低い可能性を指摘しています [1]。

餌が豊富な場所で競争に勝つのではなく、ほかの動物が入りにくい環境へ進出し、そこで利用できる餌に生活を合わせる。コウモリダコの戦略は、“強い捕食者になること”とは異なる方向へ進んだ適応だと考えられます。

ロザニカ編集部として注目したいのは、コウモリダコが“弱いから残り物を食べている”のではないことです。筋肉や速度に投資せず、代謝を落とし、特殊な血液でわずかな酸素を利用し、漂う有機物を低コストで回収する。その体は、深海の過酷さに耐えているというより、過酷さそのものを競争上の利点へ変えているように見えます。

コウモリダコの異様な姿は、獲物を襲う怪物の装備ではありません。

それは、ほかの捕食者が避ける酸欠の海にとどまり、空から降る“海の雪”を静かに食べ続けるために組み上げられた、深海屈指の省エネルギーシステムなのです。


参考文献
[1]Hoving HJ, Robison BH. Vampire squid: detritivores in the oxygen minimum zone. Proc Biol Sci. 2012 Nov 22;279(1747):4559-67. doi: 10.1098/rspb.2012.1357. Epub 2012 Sep 26. PMID: 23015627; PMCID: PMC3479720.
[2]Seibel BA, Chausson F, Lallier FH, Zal F, Childress JJ. Vampire blood: respiratory physiology of the vampire squid (Cephalopoda: Vampyromorpha) in relation to the oxygen minimum layer. Experimental Biology Online. 1999;4:1–10. doi:10.1007/s00898-999-0001-2.

執筆:水野玲
検証・編集:白石慎