
オーストラリア東岸のK’gari(旧フレーザー島)は、約1,800平方キロメートルの陸地の大部分が砂でできた世界最大の砂島です。2022年の研究では、K’gariと隣接するクールーラ砂丘地帯の成立が約120万〜70万年前まで遡ることが示されました。ところが、現在の島を覆う砂丘を調べた2024年の研究では、約18万年前から数千年前、さらに約500年前以降まで、異なる時代に形成された砂丘が並んでいます。では、「80万年以上前から存在する島」とは、何がそのまま残っているのでしょうか。
ロザニカでは、2022年研究がOSL年代測定と古地磁気から捉えた砂丘地帯そのものの成立時期と、2024年研究が地形ユニットごとに調べたその後の砂丘形成の年代を、分けて比較しました。すると見えてきたのは、K’gariが80万年以上前の姿を保存した砂の塊ではないということです。中期更新世の大きな海面変動で大量の砂が供給されて土台が生まれ、その後も海面の上下や砂の供給、侵食によって新しい砂丘が重なってきました。本記事では、「島が生まれた時期」と「現在の島が作り直されてきた時期」を切り分け、K’gariが長く残った意味を検証します。
K’gariを支えた、約1500kmに及ぶ沿岸の砂輸送システム
まず重要なのは、K’gariの砂がその場所だけで生まれたわけではないことです。
オーストラリア東岸には、砂を北へ運び続ける巨大な沿岸漂砂システムがあります。研究では、K’gariへつながる砂の供給経路は約1,500kmに及び、ニューサウスウェールズ州中部などに由来する砂が海岸沿いを北上してきたとされています [1][2]。
長い距離を運ばれる途中で長石や雲母などの鉱物は取り除かれていき、K’gari周辺に到達する砂は非常に石英に富んだものになります。2024年論文では、その割合は98%を超えるとされています [2]。
K’gariとは、単に海に浮かぶ巨大な「砂山」ではありません。オーストラリア東岸を流れる巨大な砂の輸送システムの先端部に形成された地形なのです。
2022年論文では、現在この沿岸漂砂によって北へ運ばれる砂の量は年間約50万立方メートルと推定されています [1]。単純な体積比較はできませんが、毎年それだけの砂が海岸線に沿って移動し続けると考えると、この地域の地形が決して静止したものではないことが分かります。
では、その砂がなぜK’gariの位置で巨大な島を形成するようになったのでしょうか。
研究者らが注目したのが、約100万年前前後に起きた地球規模の気候変化でした。
約120万〜70万年前、海面変動が巨大化して砂が動き始めた
K’gariの成立を考えるうえで重要なのが、「中期更新世移行期」と呼ばれる時代です。
2022年論文では、およそ140万〜40万年前をこの移行期として扱っています [1]。
それ以前の地球では、氷期と間氷期のサイクルは主として約4万年周期で変動していました。しかし、この時期を境に約10万年規模の周期が強くなり、氷床量の変化も大きくなっていきます。
その結果、大きくなったのが海面変動です。
研究では、中期更新世移行期以前にはおおむね60〜80m程度だった海面変動の振幅が、MIS 22以降には約120m規模まで拡大したとされています [1]。
海面が現在より100m以上低くなれば、現在は海底に沈んでいる大陸棚の広大な範囲が海面上に現れます。そして海面が再び上昇すると、その場所に蓄積していた砂も波や海流の影響を受け、岸に向かって再移動します。
ここがK’gari形成の重要なポイントです。
オーストラリア東岸の大陸棚には、それ以前の長い時間をかけて大量の砂が蓄積していたと考えられています。2022年の研究チームは、中期更新世に海面低下の規模がさらに40〜60mほど大きくなったことで、それまで波の影響を受けにくい場所に保存されていた砂まで再び動かされるようになったと推定しています [1]。
その後、海面が上昇すると、その砂が岸側へ送り戻されます。
岸へ到達した大量の砂は、さらに風によって内陸方向へ運ばれ、巨大な砂丘を形成します。こうして海岸に沿って大規模な砂丘地帯が発達し、その一部が現在のK’gariへつながったというのが研究者らの解釈です [1]。
つまり、「海面が上がったから砂の島が沈んだ」のではありません。
海面が大きく下がったことで沖合の砂が再び動ける状態になり、その後の海面上昇によって大量の砂が岸へ戻されたことが、巨大砂丘形成の重要な条件になった可能性があるのです。
【図解1】海面変動がK’gariを作るまで

「海面上昇=砂丘が消える」とは限らない
直感的には、海面が上昇すれば海岸が侵食され、砂の島は小さくなるように思えます。
しかしK’gariでは、少なくとも過去の砂丘形成については、それだけでは説明できません。
2024年の研究チームは、K’gariに広がる主要な砂丘を年代測定し、隣接するクールーラ砂丘地帯の年代データと組み合わせて分析しました。
その結果、少なくとも過去3回の氷期・間氷期サイクルにおいて、大規模な砂丘は海面が低い時期ではなく、中程度から高い時期に形成される傾向が確認されました [2]。
つまり、K’gariでは「海面が上昇する時期」と「砂丘が成長する時期」がむしろ結びついていたのです。
理由として考えられているのが、先ほどの砂の供給です。
海面が低かった時期に大陸棚へ広がっていた砂が、海面の上昇とともに陸側へ移動する。海岸線が現在に近い位置へ戻ってくると、その大量の砂が海岸付近に集められます。そして卓越風によって砂が陸側へ吹き上げられることで、砂丘が成長していきます。
2022年研究では、中期更新世に起きた海面変動の大型化によって、数百万年かけて大陸棚に蓄えられていた可能性のある砂が、最初の数回の約10万年周期のサイクルの中で沿岸へ大量に供給されたと解釈されています [1]。
K’gariの巨大さは、単純に「砂が長期間積もった結果」ではありません。
海面の上下によって沖合の巨大な砂の貯蔵庫から砂が取り出され、それが岸へ運ばれるという特殊な条件が重なった結果だった可能性があるのです。
フレーザー島は一度にできた島ではない――18万年前から現在まで重なる砂丘
さらに興味深いのは、現在のK’gariが一つの時代に完成した島ではないことです。
2024年研究では、島の表面を形づくる砂丘を複数の地形ユニットに分け、OSL(光ルミネッセンス)年代測定法によって形成時期を調べています。
OSL年代測定は、石英などの鉱物が最後に光を浴びてからどれほど時間が経過したかを推定する方法です。砂が風で運ばれて砂丘に埋没すると光が遮られるため、その時期を調べる手掛かりになります。
研究で確認された古い「Awinya」ユニットからは約34万年前を超える年代が得られました。ただし研究者らは、これがこの砂丘自体の真の形成年代ではなく、後に砂が再び動いた「再活性化」の年代である可能性を指摘しています [2]。
実際、2022年研究ではK’gari東岸の崖から約78万〜79万年前の砂が確認されています。また、隣接するクールーラ砂丘地帯では100万年前を超える年代を示す砂丘層があり、古地磁気の記録からも基底部の砂丘が77万3000年前より古いことが確認されています [1]。
その一方で、島の表面にははるかに新しい砂丘も存在します。
2024年研究では、Yankee JackとBowarradyと呼ばれる砂丘群が約18万年前、Triangle Cliffがおよそ8500年前、Freshwaterがおよそ4000年前、Station Hillがおよそ1500年前、Capeはおよそ500年前以降のものと整理されています [2]。
つまりK’gariには、更新世から完新世、そして比較的最近までの異なる世代の砂丘が並んでいるのです。
【図解2】K’gariをつくる「何世代もの砂丘」

この年代の並びは、K’gariを「完成した島」と考えると理解しにくいものです。
実態に近いのは、古い砂丘を土台として、海面や砂供給の条件が整うたびに新しい砂丘が形成されてきた、何世代もの地形の集合体と考えることでしょう。
しかも砂丘形成を左右するのは、数万〜数十万年規模の海面変動だけではありません。
2024年論文では、より短い時間スケールでは嵐も砂丘形成に影響した可能性が示されています。島南部には約30kmにわたる古い崖状地形があり、研究者らは大規模な嵐、あるいは一連の嵐によって約500〜600年前に海岸が削られ、その後に新しい砂丘が形成されたと解釈しています [2]。
K’gariは、100万年規模の気候変動と、数百年規模の嵐の両方によって書き換えられてきた島なのです。
なぜ「砂の島」は消えなかったのか?
ここまでを見ると、一つ疑問が残ります。
砂丘がこれほど何度も動いているなら、古いK’gariはとっくに削り取られていてもおかしくありません。
2024年研究では、砂丘が長期間保存される条件として、すでに存在していた地形と、間氷期の高い海面がどれほど高く、どれほど長く続いたかの組み合わせが重要だったとしています [2]。
特に大きな転換点と考えられているのが約19万〜24万年前にあたるMIS 7です。
研究では、K’gariの最も新しい大規模な砂丘安定化がMIS 7後期に起きたとされています [2]。この時期に形成された大きな砂丘地形が、その後に形成される新しい砂丘の「土台」として機能した可能性があります。
重要なのは、古い砂が完全に固定され、一粒も動かなくなったわけではないことです。
東側には比較的新しい砂丘が重なり、内陸側には古い砂丘が残っています。地中レーダーによる調査でも、島の東側には若い砂丘が何層にも積み重なる構造が確認される一方、西側には土壌形成が進んだ古い砂丘が広がっています [2]。
つまり「砂の島が消えない」という表現から想像するような、巨大な砂の塊が80万年間そのまま残っているわけではありません。
むしろK’gariでは、
古い砂丘が残る
→ 新しい砂が供給される
→ 新しい砂丘がその上や海岸側に形成される
→ 一部は再び侵食・移動する
→ 条件の良い部分が次の地形の土台として残る
という過程が何度も繰り返されてきたと考える方が適切です。
ロザニカ編集部として見ると、K’gariの異様さは「砂なのに壊れないこと」ではなく、壊れ、動き、作り直されながら巨大な島として存続してきたことにあります。
約100万年前前後には地球規模の気候変化によって海面変動が大型化し、大陸棚に眠っていた大量の砂が海岸へ供給されました [1]。その後も氷期と間氷期による海面変動のたびに砂丘形成が繰り返され、古い地形の上へ新しい地形が重なっていきました [2]。
現在のK’gariは、80万年以上前の姿が保存された「化石の島」ではありません。
80万年以上にわたって海面が上下し、そのたびに砂が移動してきた歴史そのものが、現在の島の内部に積み重なっているのです。
参考文献
[1] Ellerton D, Rittenour TM, Shulmeister J, et al. Fraser Island (K’gari) and initiation of the Great Barrier Reef linked by Middle Pleistocene sea-level change. Nature Geoscience. 2022;15:1017–1026. doi:10.1038/s41561-022-01062-6.
[2] Shulmeister J, Rittenour TM, Patton NR, et al. Chronology and evolution of the world’s largest sand island: K’gari (Fraser Island), South East Queensland, Australia. Quaternary Science Reviews. 2024;328:108529. doi:10.1016/j.quascirev.2024.108529.
執筆:水野玲
検証・編集:白石慎
