
ロシア北部のヤマル半島では、平坦な永久凍土の地面に突然、巨大な穴が現れる現象が確認されています。2014年に発見された代表的なヤマル・クレーターは直径約20m、測定時の最大深度は52m。しかも穴の周囲には、地下から吹き飛ばされた土砂が高さ最大3.5mほど積み上がっていました。さらに爆発前の衛星画像を調べると、その場所にはもともと高さ約8m、底面直径50〜55mほどの盛り上がりが存在していました。地面が単純に陥没したのではなく、地下から押し上げられた末に破壊されたことを示す痕跡です。
では、凍っているはずの地面の下で、何がそれほど大きな圧力を生み出したのでしょうか。2018年の研究が現地調査と数値計算から示した形成モデルでは、出発点になるのは、かつて存在した直径400〜500m規模の湖です。湖底には熱によって凍らない「タリク」が深さ60〜70mほどまで形成され、その成長には約3000年かかったと推定されています。やがて湖が縮小すると、タリクは周囲から再凍結します。水や泥、溶存ガスを含む未凍結部分が永久凍土の中に閉じ込められ、凍結が進むほど内部の物質が狭い空間へ押し込まれる。その圧力によって地表が持ち上がり、最後にはガス、水、泥、氷を噴き出す――これがヤマル・クレーターについて提示された「低温の噴火」のモデルです。
興味深いのは、巨大穴を作るガスを単純に「永久凍土から出たメタン」と説明できないことです。2014年のヤマル・クレーターでは、凍結土壌や氷に体積比で最大20%ほどのガスが含まれていましたが、その組成は近隣の天然ガス田とは異なっていました。研究モデルでは、水に溶け込んだ二酸化炭素が凍結によって濃縮され、地下圧力の上昇と噴出に重要な役割を果たした可能性が示されています。一方、2017年に確認されたエルクタ・クレーターからはメタン、二酸化炭素、エタン、プロパンなどが検出され、湖底有機物に由来する生物起源メタンに加えて、地下深部から移動した熱成因ガスが一部混ざった可能性も示されました。見た目のよく似た巨大穴でも、地下でガスが集まる経路は一つではないのです。
ロザニカでは、この2014年ヤマル・クレーターと2017年エルクタ・クレーターについて、爆発前の地形、タリク、ガス組成、圧力上昇、噴出後の変化までを追い、さらに形成にかかる時間を並べました。そこで際立つのが、現象の速度差です。ヤマルのモデルでは地下のタリクが育つまでに約3000年。その後、地表の隆起はより短い時間で進み、実際の噴出は数分のガス放出から始まり、数時間〜数日ほどで進行した可能性があります。そして深い穴も、数か月から数年で水に満たされ、普通の湖に近い姿へ変わってしまいます。数千年かけて地下で準備され、数時間で地表を吹き飛ばし、数年でその痕跡まで見えにくくなる。 本記事では、2つのクレーターの違いを手がかりに、永久凍土の下で水・氷・ガスがどのように巨大穴を生み出すのかを追います。
直径20メートル・深さ52メートル――永久凍土に突然現れた巨大穴
ヤマル・クレーターが発見されたのは、2014年夏のことでした。場所はヤマル半島中央部にあるボヴァネンコヴォ・ガス田から南東へ約30キロメートル離れた永久凍土地帯です。
発見時の穴は直径約20メートルで、下半分にはほぼ垂直な壁があり、上部は外側へ開く円錐形をしていました。穴の周囲には幅5〜10メートルほどの噴出物が取り囲むように堆積し、その高さは場所によって0.5〜3.5メートルほどありました [1]。
この「穴の外側に土砂が積み上がっている」という特徴は重要です。普通に地面が陥没しただけなら、土砂の多くは地下へ落ち込むはずです。ところがヤマル・クレーターでは、地下にあった物質の一部が地表へ放出され、穴の周囲に着地していました。
さらに、穴が開く前の衛星画像を調べると、同じ場所には高さ約8メートル、底面の直径が50〜55メートルに及ぶ大きな盛り上がりが存在していたと報告されています [1]。つまり、平らな地面が突然消えたのではありません。地表が先に膨らみ、その後に内部から破壊されたと考えられるのです。
巨大穴は発見後も同じ姿を保っていたわけではありません。内部には急速に水がたまり、2016年秋には湖へと変わりました [1]。現在見える円形の湖だけを調べても、それが地下爆発によって生まれた穴なのか、もともと存在した湖なのかを見分けるのは困難です。
ヤマル半島の巨大穴は、爆発的に誕生した直後から、その痕跡を自ら水の下へ隠し始めていたのです。
巨大穴を生んだ「タリク」とピンゴとは何か
ヤマル半島の地面は、一年を通じて凍った状態が続く永久凍土に覆われています。ただし、その地下がすべて完全に凍っているわけではありません。
湖が長期間存在すると、水が夏の熱を蓄え、湖底の地面が凍りにくくなります。その結果、周囲を永久凍土に囲まれながら、湖の下だけに凍っていない地層が残ることがあります。この未凍結部分が「タリク」です。
研究者の計算では、ヤマル・クレーターがある場所には、かつて直径400〜500メートル規模の湖が存在し、その下に深さ60〜70メートルほどのタリクが形成された可能性があります。この規模のタリクが育つには、およそ3000年かかると推定されました [1]。
しかし、湖は永遠には残りません。水位が低下して湖が縮小すると、それまで水の熱に守られていたタリクは外側から再び凍り始めます。
問題は、このタリクが永久凍土に取り囲まれた「閉じた空間」になっていたことです。凍結が周囲から中央へ進むと、内部に残った水、泥、溶存ガスは逃げ場を失い、狭い未凍結部分へ押し込まれていきます。
冷凍庫に入れた密閉容器の中で水が凍り、容器を内側から押し広げる状況を、はるかに巨大な地下空間で想像すると分かりやすいでしょう。ただし実際のタリク内部では、水の凍結だけでなく、土壌中の水分移動やガスの濃縮が同時に進むため、現象はより複雑です。
地下圧力が高まると、その上にある地面が持ち上げられます。永久凍土地帯にできる、このような盛り上がった地形は「ピンゴ」と呼ばれます。ヤマル・クレーターの場所に事前に存在した高さ約8メートルの丘は、この地下圧力によって成長した大規模なピンゴだった可能性があるのです。
図解1:ヤマル半島の巨大穴ができるまで

爆発の主役はメタンではなく二酸化炭素だった?
永久凍土の爆発と聞くと、多くの人はメタンガスを想像するかもしれません。実際、凍土や湖底の有機物から生じるメタンは、北極圏のガス現象を考えるうえで無視できない存在です。
ところが、2014年に発見されたヤマル・クレーターについて、研究チームが重視したのは二酸化炭素でした。
現地で採取された凍結土壌や氷には多量のガスが含まれ、場所によっては体積比で20%に達していました。一方、そのガス組成は近隣のボヴァネンコヴォ・ガス田の天然ガスとは大きく異なっていました。メタンの炭素同位体組成も生物起源を示しており、ガス田の深部から大量の天然ガスがそのまま上昇してきたという単純な説明とは一致しませんでした [1]。
研究者が提示したモデルでは、タリク内部の水には大量の二酸化炭素が溶け込んでいたと考えられています。二酸化炭素は水に溶けやすいため、高圧状態では液体の中に保持されます。しかし、凍結によって水の量が減り、残った液体へガスが集中すると、やがて溶けたままではいられなくなります。
炭酸飲料のふたを開けた瞬間、圧力が下がって泡が一斉に発生する現象に似ています。ただし地下では、その「ふた」が厚さ数メートルの永久凍土だった可能性があります。
数値計算では、タリクの上を覆う凍結層の厚さは6〜8メートル程度だったと推定されました。地下の平衡圧力は約5バールに達し得る一方、この厚さの凍結層を破壊するには約10バールが必要とされています。地下深部では約15バールに達し、二酸化炭素を取り込んだクラスレートが形成された可能性も検討されています [1]。
地下では何が起きた?数時間から数日続いた“氷の噴火”
研究チームは、ヤマル・クレーターの形成を一瞬だけの爆発ではなく、複数の段階からなる「低温の噴火」として再構成しています。
最初は、地表を覆う凍結層に亀裂が入る段階です。冬の低温によって生じた収縮亀裂などを通じて、高圧ガスが地表へ噴き出した可能性があります。
第1段階は「空気圧的段階」です。約10バールまで加圧されたガスが亀裂から放出され、急激に膨張します。この段階は数分程度と推定されています。噴き出した冷たい二酸化炭素は断熱膨張によってさらに温度を下げ、周囲の土壌片を遠くまで飛散させるほどのエネルギーを持っていたと考えられています [1]。
続く第2段階は「水圧的段階」です。地下の圧力が低下すると、水に溶けていた二酸化炭素が気泡となって現れます。ガス、水、部分的に凍った氷が混ざり合った物質が上昇し、残っていた凍結層を破壊して地表へ噴き出します。
これは論文中で、シャンパンの栓を抜いたときに液体と泡があふれ出す現象になぞらえられています。この段階は数時間続き、クレーターの周囲には吹き飛ばされた土砂や氷が積み上がっていきます。
第3段階は、凍っていない泥や土壌が噴き出す段階です。土壌中の水に残っていたガスや、二酸化炭素クラスレートの分解によって放出されたガスが、湿った土砂を煙突状の通路から押し上げます。噴出した泥は空気中で部分的に凍結し、塊となってクレーターの周囲へ落下したと考えられています。
この段階は5〜25時間ほど、条件によっては数日間続いた可能性があります [1]。地下に蓄積されたガスが短時間で消えたのではなく、ガス、水、泥、氷が順番に噴き出した結果、深い円筒形の穴と周囲の堤防状地形が残されたというわけです。
研究者はこの現象を、地球上の「氷火山活動」、すなわちクライオボルカニズムとして捉えました。一般的な火山が地下の熱とマグマによって噴火するのに対し、ヤマル半島のモデルでは、水が氷へ変わることによって圧力が生まれます。
熱くなるから噴火するのではなく、凍るから噴火する。ヤマル・クレーターの最も異様な点は、この常識の反転にあります。
図解2:ヤマル・クレーター形成時の4段階

巨大穴はすべて同じ原因ではない
ヤマル半島や、その東側にあるギダン半島では、2014年のヤマル・クレーター以外にも似た巨大穴が確認されています。しかし、外見が似ているからといって、すべてが同じガス、同じ経路、同じ条件で生まれたとは限りません。
その違いを示す例が、ヤマル半島南部のエルクタ川流域で2017年に発見された「エルクタ・クレーター」です。
現地では、クレーター発見の約1年前に、それまで平坦だった地面の隆起と亀裂が確認されていました。形成直後の穴は直径10〜12メートル、深さ約20メートルの円筒形で、周囲には高さ2〜3メートルの噴出物が残っていました [2]。
2017年12月には壁が崩れて直径が17.5メートルに拡大し、内部には深さ最大8メートルほどの水がたまっていました。翌2018年夏には、深かったクレーターの大部分が水で満たされ、湖へ変化しています [2]。
エルクタ・クレーターの氷や土壌からは、メタン、二酸化炭素、エタン、プロパンなどが検出されました。メタンの炭素同位体組成は、湖底の有機物が微生物によって分解されて生じた生物起源ガスを示していました。一方、エタンやプロパンの存在は、地下深部から移動してきた熱成因ガスも一部含まれていた可能性を示しています [2]。
このためエルクタ・クレーターでは、干上がった湖の下にあるタリクが凍結したという浅部の要因と、亀裂などを通って深部からガスが流入したという要因を組み合わせた形成モデルが提示されています。
ロザニカ編集部が注目したいのは、この現象に流れる時間の極端な差です。
地下にタリクが育つまでには、数千年規模の時間がかかる可能性があります。その後、地面の隆起は数年ほどで進み、噴火そのものは数時間から数日で終わります。そして形成された巨大穴も、わずか数か月から数年で水に満たされ、普通の湖のような姿へ変わってしまいます。
数千年かけて準備され、数時間で爆発し、数年で痕跡を隠す。
ヤマル半島の巨大穴は、永久凍土が静止した地面ではなく、内部で水と氷とガスが移動し続ける動的な世界であることを示しています。研究者が現場へ到達したときには、爆発の決定的な瞬間はすでに終わっています。そして調査を続けている間にも、クレーターは崩れ、湖へと姿を変えていきます。
地面の下で同じ準備が進んでいる場所が、ほかにも存在するのか。どの条件がそろえば爆発に至るのか。気候の変化がその頻度にどこまで影響するのか。
ヤマル半島に開いた巨大穴の形成モデルは提示されましたが、永久凍土の爆発現象には、まだ解明されていない部分が残されています。
参考文献
[1] Buldovicz SN, Khilimonyuk VZ, Bychkov AY, Ospennikov EN, Vorobyev SA, Gunar AY, Gorshkov EI, Chuvilin EM, Cherbunina MY, Kotov PI, Lubnina NV, Motenko RG, Amanzhurov RM. Cryovolcanism on the Earth: Origin of a Spectacular Crater in the Yamal Peninsula (Russia). Sci Rep. 2018 Sep 10;8(1):13534. doi: 10.1038/s41598-018-31858-9. PMID: 30202065; PMCID: PMC6131154.
[2] Chuvilin E, Stanilovskaya J, Titovsky A, et al. A Gas-Emission Crater in the Erkuta River Valley, Yamal Peninsula: Characteristics and Potential Formation Model. Geosciences. 2020;10(5):170. doi:10.3390/geosciences10050170.
執筆:水野玲
検証・編集:白石慎
