
高さ828mのブルジュ・ハリファは、約7階ごとに外側の区画を後退させながら細くなっていきます。高さ632mの上海タワーは、上へ行くほど平面を縮小させながら、建物全体をねじるように回転させています。どちらも超高層ビルの風対策として生まれた形ですが、「段差をつける方法」と「ねじる方法」のどちらが優れているのでしょうか。
この2棟を数字だけで比べようとすると、すぐに行き詰まります。上海タワーでは、100年再現期間・減衰比2%という条件の風洞実験で、矩形モデルの基部転倒モーメント6.22×10¹⁰に対し、ねじれ120°・向き40°のモデルは4.15×10¹⁰まで低下しました。基準比で約33%小さい値です。ところがブルジュ・ハリファの研究は、「何%減ったか」という同じ指標ではなく、高さごとに形と幅を変えることで、渦の周波数をずらし、風と建物の相互作用を揃いにくくする設計原理を示しています。
つまり、2本の研究は同じ「超高層ビルの耐風設計」を扱っていても、同じ条件・同じ形・同じ評価指標で勝負しているわけではありません。上海タワーの33%という数字だけを見て「ねじれた方が優れている」と結論づけることも、ブルジュ・ハリファのセットバックと単純に優劣をつけることもできません。
比較して見えてくるのは、むしろ別の共通点です。ブルジュ・ハリファは段階的なセットバックで、上海タワーはねじれと縮小で、どちらも高さ方向に同じ風の流れや渦がそろい続ける状態を崩そうとしているのです。さらに上海タワーでは、形状だけで処理しきれない揺れに対してTMDも組み合わせ、1年再現期間の加速度を5.4galから2.9gal、10年再現期間では20.0galから12.0galへ抑える計算結果も示されています。
見た目の異なる2棟を、形状、風洞条件、評価している力、制振の役割まで分けて並べると、「超高層ビルは頑丈にして風に耐える」という単純な理解では捉えきれない設計思想が浮かび上がります。風を受けてから耐えるだけではなく、建物そのものの形で、まず“揺らされにくい風の流れ”をつくる。そのために、2棟はまったく違うシルエットへたどり着いていました。
超高層ビルを揺らすのは「風圧」だけではない
高い建物にとって風が問題になること自体は、直感的にも分かりやすいでしょう。
ただし、超高層ビルの設計で考えなければならないのは、「強い風に横から押される」という単純な現象だけではありません。
上海タワーを扱った研究では、超高層建築は渦放出によって生じる振動の影響を受けやすく、特に建物に対して風が吹く方向とは直角方向の荷重が重要になると説明されています [2]。
風が建物にぶつかると、その周囲の流れは建物によって乱されます。そして建物の後方には渦を伴う流れが形成されます。
問題は、この渦放出の影響が建物の高さ方向で似た状態のまま続く場合です。
上海タワーの研究では、超高層ビルでは渦放出による風直角方向の荷重が、風方向の荷重より大きくなる場合があるとされています [2]。
つまり超高層ビルにとって風は、単純に「押してくる力」ではありません。
建物そのものを揺らす原因にもなり得るのです。
そこで考えられた対策のひとつが、建物の形を途中で変えることでした。
研究では、角を丸める、上へ行くほど細くする、途中にセットバックを設ける、断面形状を変える、スポイラーのような形状を加える、建物に開口部を設けるといった形状変更が、風に対する有効な方法として挙げられています [2]。
ポイントは、風を完全に消すことではありません。
建物全体で同じような風の流れが続く状態を崩すことです。
図解1:超高層ビルで問題になる「渦放出」

ブルジュ・ハリファは高さごとに形を変え、渦の足並みを崩す
ドバイにそびえるブルジュ・ハリファは、高さ828メートル、160階を超える巨大な塔です [1]。
最大の特徴のひとつが、その輪郭です。
地上から頂上まで同じ太さの塔が伸びているのではなく、上へ行くにつれて何度も建物の形が切り替わり、徐々に細くなっていきます。
平面形状も単純な四角形ではありません。
塔は中央のコアから3つの翼が伸びるような構成になっており、論文では、各翼の外側の区画が約7階ごとに後退しながら建物が上空へ伸びていく構成として説明されています [1]。
この形は建築的なデザインだけで決められたものではありません。
研究では、ブルジュ・ハリファのマッシング、つまり建物全体の立体形状には、動的な風の影響を小さくするという風工学上の要求も大きく関係していたとされています [1]。
ブルジュ・ハリファでは、設計初期から風工学と空力的な形状設計が建築計画へ組み込まれていました。
研究が示す戦略はかなり明快です。
建物の高さ方向で形を変えること、上へ行くほど床面積を小さくして建物を細くすること、そして建物そのものにスポイラーのような効果を持たせることです [1]。
その狙いのひとつは、渦放出によって生じる振動が建物と強く同期する「ロックイン」と呼ばれる状態を避け、風に対する動的応答を改善することでした [1]。
論文のFigure 4では、ブルジュ・ハリファの高さ方向に異なる形状が並び、それぞれの高さで形成される渦が異なる周波数を持つという設計概念が示されています [1]。
言い換えれば、ブルジュ・ハリファは風を受け止める巨大な一本の壁ではありません。
高さが変わるたびに、風から見える建物の条件も変わっていきます。
ある高さで生じた風の流れ方が、そのまま数百メートル上まで続かないようにするわけです。
論文では、形と幅が高さ方向に変化することで、建物周囲の渦が異なる形状・異なる周波数で振る舞い、塔と風との相互作用が「disorganize」、つまり揃わない状態になると説明されています [1]。
ブルジュ・ハリファの段々になったシルエットは、装飾だけではありません。
828メートルという巨大な建物全体で、風の渦が足並みをそろえることを避ける仕掛けでもあるのです。
上海タワーは「どれだけねじれば風が減るか」を風洞で比較した
ブルジュ・ハリファが段階的に形を変えているのに対し、上海タワーは滑らかにねじれながら上空へ伸びています。
上海タワーは建築高さ632メートル、構造高さ580メートルの超高層ビルです。曲面を描く外装と螺旋状の形状を持ち、研究では風荷重が構造設計を左右する重要な要因のひとつだったとされています [2]。
しかも上海は台風の影響を考慮する必要がある地域です。
研究チームは設計風速を検討するために風況を分析し、100年再現期間に対応する風速として、高度500メートルで50.0m/sという値を用いています [2]。
時速に換算すれば約180kmに相当します。
ただし、上海タワーの研究で特に興味深いのは、強い風を想定したことだけではありません。
建物の形そのものを変えた模型を作り、風洞で比較していることです。
研究では、高さ方向に同じような渦放出が続く状態は、建物形状を変えることで乱すことができると考えられました [2]。
上海タワーでは、ねじれ角、建物の向き、上へ行くにつれて平面が縮小する形状などが空力設計の要素になっています。
そこで高周波力天秤を用いた風洞試験により、ねじれ角や建物の向きを変更した複数のモデルが比較されました [2]。
基準となったのは、同じ平面縮小率を持つ矩形モデルです。
結果は次のようになりました。
| 実験モデル | 基部転倒モーメント | 矩形モデル比 |
|---|---|---|
| 矩形モデル | 6.22×10¹⁰ | 100% |
| ねじれ100°・向き0° | 5.18×10¹⁰ | 83% |
| ねじれ110°・向き0° | 4.92×10¹⁰ | 79% |
| ねじれ120°・向き0° | 4.75×10¹⁰ | 76% |
| ねじれ180°・向き0° | 4.18×10¹⁰ | 67% |
| ねじれ110°・向き30° | 4.48×10¹⁰ | 72% |
| ねじれ120°・向き40° | 4.15×10¹⁰ | 67% |
※100年再現期間、減衰比2.0%の条件 [2]
矩形モデルを100%とすると、ねじれ120°・向き40°の実験モデルでは67%まで低下しています。
つまり、この実験条件では基準モデルと比べて基部の転倒モーメントがおよそ33%小さくなったことになります [2]。
ねじれ180°・向き0°のモデルでも67%という値でした。
ここで注意したいのは、「上海タワーは120°ねじったから風荷重が33%減った」と単純化してはいけないことです。
この表は複数の設計案を比較した風洞実験の結果であり、ねじれ角だけでなく建物の向きや平面形状などを含む条件によって結果が変わります。
したがって論文から確実に言えるのは、特定の形状変更によって風に対する応答を大きく変えられることが、模型実験で確認されたという点です [2]。
図解2:ブルジュ・ハリファと上海タワーはどう風を崩す?

「倒れない」だけでは足りない――超高層ビルでは人が感じる揺れも問題になる
では、なぜここまで風による振動を抑える必要があるのでしょうか。
当然ながら、建物の安全性は大きな理由のひとつです。
しかし超高層ビルの場合、それだけではありません。
上海タワーの研究では、風による建物の変形だけでなく、内部にいる人が感じる揺れ=居住性についても検討されています [2]。
研究で参照された中国の基準では、最上部の居住階における加速度について、住宅では15 milli-g、ホテル・オフィスでは25 milli-gという限界値が示されています [2]。
上海タワーでは、風洞実験から得られた風による加速度も評価されました。
台風を含む1年再現期間の条件では、制振装置がない場合の加速度が5.4 galだったのに対し、TMDと呼ばれる制振装置を用いる場合には2.9 galになるという計算結果が示されています [2]。
10年再現期間では、20.0 galから12.0 galへ低下する結果でした [2]。
つまり超高層ビルの風対策は、「建物が壊れないか」という問題だけではないのです。
建物が大きく揺れれば、構造的には安全であっても、中にいる人は不快感や不安を感じる可能性があります。
そのため設計では、構造体の強度、剛性、建物形状、そして必要に応じた制振装置まで組み合わせて、風による動きを管理する必要があります。
ブルジュ・ハリファでも、完成後を含めた構造挙動を追跡するため、加速度、変位、風速などを測定する大規模な構造ヘルスモニタリングが導入されました [1]。
設計段階の計算だけで終わらせず、実際の巨大建築がどのように動くのかを測り、予測された挙動と比較する仕組みまで用意されているのです。
ブルジュ・ハリファと上海タワーに共通する「風と正面から戦わない」設計
ブルジュ・ハリファと上海タワーを並べてみると、見た目は大きく異なります。
ブルジュ・ハリファは、3方向へ翼を伸ばした塔が段階的に細くなっていきます。
上海タワーは、滑らかな外形が上空へ向かって回転していきます。
しかし2本の論文を風工学という視点から読むと、共通する考え方が見えてきます。
それは、高さ方向に同じ形を延々と続けないことです。
ブルジュ・ハリファでは、セットバックと断面形状の変化によって風による動的な励振を抑えることが設計戦略に組み込まれました [1]。
上海タワーでは、ねじれや建物の向きを変えた模型を風洞に入れ、渦放出の高さ方向の相関を弱める形状が検討されました [2]。
どちらも「もっと太い柱を使えばよい」「もっと硬い建物にすればよい」という発想だけではありません。
建物に力が加わった後で耐えるだけでなく、そもそも風が建物全体を効率よく揺らしにくい形を作るという考え方です。
ロザニカ編集部の考察
ここからは、2本の論文を踏まえたロザニカ編集部の考察です。
巨大な建築物というと、「どれだけ強い材料を使っているのか」に目が向きがちです。
しかしブルジュ・ハリファと上海タワーを見ると、超高層建築の強さは、材料や構造体だけで決まるものではないことが分かります。
自然の力を真正面から受け止めるのではなく、自然の力がまとまって作用しにくい条件を先に作る。
ブルジュ・ハリファは高さごとに形を変え、上海タワーはねじれながら形を変えることで、それを実現しようとしています。
これは、巨大建築だからこそ成立する少し意外な発想です。
828メートルのブルジュ・ハリファも、632メートルの上海タワーも、風そのものを止めることはできません。
だからこそ、風と正面から力比べをするのではなく、風の流れ方を建物自身の形で乱しているのです。
次に超高層ビルを見上げたとき、途中で細くなっていたり、ねじれていたり、奇妙な段差が付いていたりしたら、その形を単なるデザインとして見るだけでは少しもったいないかもしれません。
そのシルエットには、目には見えない「風の形」まで計算した工学が隠れている可能性があるのです。
参考文献
[1] Abdelrazaq A. Validating the Structural Behavior and Response of Burj Khalifa: Synopsis of the Full Scale Structural Health Monitoring Programs.
[2] Zhao X, Ding JM, Sun HH. Structural Design of Shanghai Tower for Wind Loads. Procedia Engineering. 2011;14:1759–1767. doi:10.1016/j.proeng.2011.07.221.
執筆:相原航
検証・編集:白石慎
