
中国南西部のカルスト地域には、深さも幅も100mを超える巨大な陥没地形「天坑(ティエンケン)」があります。上から見ると、切り立った岩壁の底だけを深い緑が埋め尽くし、周囲の地表とは別世界のように見える場所もあります。実際、周辺では伐採や植物採取、森林の分断、石漠化などによって植生が劣化している一方、天坑の内部には大木を含む森林が残っています。では、巨大な穴は本当に森を「保存」してきたのでしょうか。そして、穴の中に入れば外より植物が豊かになるのでしょうか。
2017年に広西チワン族自治区で行われた調査では、2つの天坑内部と2つの外部森林から、胸高直径10cm以上の樹木933本が記録されました。内部では69種、外部では40種が確認され、両方に共通していたのは13種だけ。さらに胸高直径30cm以上の大木は、天坑内部では267本で全体の54%を占めたのに対し、外部では45本、10%でした。種類の構成だけでなく、森林の「成熟度」を示す樹木サイズにも大きな差があり、研究者は天坑を、周辺の土地劣化や人間活動から地域本来の森林を守る現代的な「レフュジア(避難所)」と捉えています。
ところが、2022年に雲南省の大帽子天坑を調べた研究では、より複雑な結果が出ました。天坑内部では13種の高木と18種の低木、外部では8種の高木と25種の低木が確認されましたが、多様性指数では高木層は外部の方が高く、低木層は内部の方が高かったのです。内部の植生被覆率は95%を超え、湿潤な常緑広葉樹林が成立していたにもかかわらず、「巨大穴の中ほど植物が多様になる」という単純な関係にはなっていませんでした。深い岩壁は人間を遠ざける一方で、光を遮り、植物が生育できる環境も選別します。
ロザニカでは、広西の2017年調査と雲南の2022年調査を比較し、天坑が森を守ることと、内部の植物多様性が必ず高くなることは別だと分かる点に注目しました。 2地域に共通するのは、垂直な岩壁によって人間活動が入りにくくなり、地下水や高湿度、低温など地表とは異なる環境が維持され、外部とは違う植物群集が残っていることです。一方、その隔離は光や種の侵入も制限するため、場所や植物層によっては外部より多様性が低くなることもあります。つまり、天坑は「豊かな環境だから古い森が残った場所」というより、周囲の森林が変化するなかで、変化から取り残された場所と見る方が実態に近いのです。本記事では、大木の割合、種構成、多様性、微気候を追いながら、「地底に太古の森が封印されている」というイメージと、研究で確認されている森林の姿との差を見ていきます。
中国の巨大穴「天坑」とは何か
天坑は、石灰岩などの炭酸塩岩が広がるカルスト地域に形成される巨大な陥没地形です。
研究上の定義には議論が残っていますが、一般には深さと幅が少なくとも100メートル規模に達し、急峻な岩壁に囲まれた大型の陥没穴を指します。発達の過程で、底部が地下河川とつながるものもあります [1][2]。
中国南西部には石灰岩が広く分布し、広西チワン族自治区、貴州省、雲南省などで多くの天坑が確認されています。2022年の論文によると、2010年までに世界で知られていた80の天坑のうち、50が中国に存在していたとされています [2]。
「天坑」という言葉を直訳すると、「天の穴」あるいは「天に開いた穴」という意味になります。
その名前のとおり、天坑の上部は空へ向かって開いています。しかし、内部は周囲の地表から数百メートル近く落ち込んでおり、崖を降りなければ底へ到達できません。地上とつながっていながら、簡単には出入りできない半閉鎖的な空間なのです。
天坑がどのように形成されるのかについては、単一の仕組みで説明できるわけではありません。
地下空洞の天井が崩壊するという説のほか、水による侵食、地下河川の作用、洞窟上部が失われる「洞窟の屋根抜け」など、複数の形成機構が提案されています。すべての天坑が同じ過程で生まれたとは限らず、形成と発達の仕組みには未解明の部分が残っています [2]。
穴の外では森が失われ、底には大木が残っていた
天坑の森林がどれほど特殊なのかを示したのが、中国・広西チワン族自治区楽業県で行われた調査です。
研究チームは、穿洞天坑と神木天坑という2つの天坑内部の森林を調査し、周辺の地表に残る2種類の森林と比較しました。一方は伐採や植物採取などの影響を受けた森林断片、もう一方は集落付近で保護されてきた「風水林」です [1]。
調査対象となったのは、胸高直径が10センチ以上ある樹木です。4つの環境を合わせて、933本、96種、66属、38科の樹木が記録されました [1]。
天坑内部の2地点では、それぞれ46種と55種の樹木が確認されています。一方、外部の森林断片では23種、風水林では29種でした。2つの天坑をまとめると69種、外部の2環境をまとめると40種です [1]。
さらに注目すべきなのが、内外で共有されていた樹木種の少なさです。
天坑内部と外部の両方で確認されたのは13種でした。これに対して、天坑内部だけで記録された種は56種、外部だけで記録された種は27種でした [1]。
違いは、植物の種類だけではありませんでした。
天坑内部では、胸高直径30センチ以上の大木が267本確認され、調査された樹木の54%を占めていました。一方、外部の森林で同じ大きさに達していたのは45本で、全体の10%にすぎませんでした [1]。
各環境で確認された最大の樹木の胸高直径は、穿洞天坑で76センチ、神木天坑で85センチでした。外部の森林断片では41.2センチ、風水林では57センチです [1]。
幹の太さだけから樹木の正確な年齢を決めることはできません。成長速度は樹種や環境条件によって変わるからです。それでも、同じ地域の自然林を比較したとき、大径木が多いことは森林が長期間維持されてきた可能性を示す重要な手がかりになります。研究者たちは、天坑内部の森林には、外部よりも古い森林に見られる構造が残っていると解釈しました [1]。
垂直な岩壁が人間を遠ざけ、森を守った
天坑に古い森林が残った理由として、最も分かりやすいのが「入りにくさ」です。
深さ100メートルを超える穴を、特別な装備もなく上り下りすることは困難です。周囲を垂直に近い断崖で囲まれた天坑では、木材の搬出も、農地の開拓も容易ではありません。
外部の森林では、人々による薪の採取、薬用植物や山菜などの採集が行われていました。加えて、カルスト地域では土壌が失われ、岩石が地表に露出する「石漠化」も進みやすく、森林が小さな断片へ分かれていました [1]。
一方、天坑の内部では、険しい岩壁そのものが天然の防壁として機能したと考えられます。
人間が森を保護しようと計画したわけではありません。到達するためのコストが高すぎたため、結果的に伐採や農地化から取り残されたのです。
雲南省の大帽子天坑も、この特徴を備えています。
大帽子天坑は深さ約186.7メートル、調査で測定された長径は136.8メートルに達します。垂直な崖に囲まれ、人為的な影響をほとんど受けていない「原始的な天坑」として調査されました [2]。
その内部では植生の被覆率が95%を超え、周辺とは明確に異なる植物群集が成立していました。外部では亜熱帯の半湿潤な針葉樹・広葉樹混交林が中心だったのに対し、内部には湿潤な常緑広葉樹林が形成されていました [2]。
研究者たちは、このような天坑を周囲から隔てられた「大陸の島」にたとえています [2]。
海に浮かぶ島ほど完全に分離されているわけではありません。種子は風や動物によって運び込まれ、鳥や昆虫も出入りできます。それでも、急峻な崖と大きな高低差によって環境が分けられ、外部とは異なる植物群集が維持されます。
天坑は、地表のすぐそばにありながら、生態学的には一種の島として振る舞っているのです。
地下水と独自の微気候が湿った森を支えている
天坑の森を守っているのは、岩壁だけではありません。
深く落ち込んだ地形は、穴の底に周囲とは異なる微気候をつくります。
雲南省の研究では、天坑の底は入口付近と比べて湿度が高く、温度が低い環境になると説明されています [2]。崖に囲まれているため風の影響も変わり、直射日光が届く時間や場所も限られます。
広西の研究では、円錐カルスト地域の地下河川系と、地表から隔離された湿潤な環境が、天坑内部の豊かな植物相を支えた可能性が示されています [1]。
カルスト地形では、雨水が石灰岩の亀裂へ入り込み、地下を流れます。そのため、地表では土壌や水が失われやすい一方、地下の空洞や天坑の底には水が供給される場合があります。
周囲の地表が乾燥し、森林が劣化しても、穴の底では比較的湿った条件が維持される可能性があるのです。
この環境差は、森林の種類にも表れていました。
大帽子天坑の内部では、湿潤な常緑広葉樹林に見られる植物が優占していました。一方、外部では、より乾燥した条件に適応した半湿潤林の植物が中心でした [2]。
図解1:天坑内部に古い森が残る仕組み

天坑の内部なら、必ず植物が豊かになるわけではない
ここまでの説明だけを見ると、天坑の中は外よりも常に植物が豊富であるように思えるかもしれません。
しかし、実際の結果はそれほど単純ではありません。
広西の2つの天坑では、内部の方が外部より樹木の種数が多く、多様性や均等性も高い傾向が確認されました [1]。
一方、雲南省の大帽子天坑では、樹木層と低木層で異なる結果が得られています。
調査では、天坑内部から13種の高木と18種の低木が確認されました。外部では8種の高木と25種の低木が記録されています [2]。
さらに、種数だけではなく、個体数の偏りを含めて計算する多様性指数を比較すると、高木層の多様性は外部の方が高く、低木層の多様性は内部の方が高いという結果になりました [2]。
この違いには、天坑内部の光環境が関係している可能性があります。
深い穴では、場所によって日照条件が大きく異なります。崖によって日光が遮られる底部では、高い木が新たに成長するための光が不足することもあります。研究者たちは、こうした条件では高木よりも低木の方が生存上の優位性を持つ可能性を指摘しています [2]。
また、外部では地形、方角、土壌の厚さ、人為的な攪乱などの条件が場所ごとに変化します。適度な攪乱によって光の入る空間が生まれ、一時的に植物の種類が増える場合もあります。
反対に、ほとんど攪乱されない閉鎖的な環境では、一部の条件に適応した植物が優位になり、種数が必ずしも増えない可能性があります。
天坑は、外部とは違う条件をつくり、その条件に適応できる植物を選択的に残す場所です。
広西と雲南の研究結果が異なったことも、矛盾とは限りません。調査された天坑の大きさ、深さ、発達段階、周囲の森林の状態、人間による攪乱、調査方法が異なるためです。
この2つの研究から確実にいえるのは、すべての天坑が同じ生態系を持つということではありません。
天坑の内側と外側では、植物群集が明確に異なり得るということです。
図解2:天坑の内側と外側では何が違うのか

巨大穴は森を閉じ込めたのではなく、周囲の変化から取り残した
天坑の底に残る森林は、地中に封印された太古の森ではありません。
研究では、森林が何万年あるいは何百万年もの間、同じ状態で維持されてきたことまでは確認されていません。「原生林」や「古い森」という言葉から、恐竜時代の植物がそのまま残っているような印象を受けるのは誤りです。
確認されているのは、周辺の劣化した森林と比べて、天坑内部に大木が多く、異なる植物群集と古い森林に特徴的な構造が残っていたことです [1]。
研究者たちは、天坑を「レフュジア」と表現しています。
レフュジアとは、周囲の環境が大きく変化したときにも、生物や植生が比較的安定して残る避難場所を意味します。
広西の天坑は、氷期を生き延びた古典的な避難所とは少し異なります。周辺で進んだ土地劣化、人間活動、森林の分断から、地域本来の植物群集を守る「現代の避難所」として機能していると考えられています [1]。
ロザニカ編集部として注目したいのは、森を守ったものが、豊かな環境だけではなかった点です。
巨大な穴は、植物にとって決して理想的な条件ばかりを提供しません。日光は限られ、移動や種子の侵入も妨げられます。それでも、人間にとっての不便さが、森林にとっての防壁になりました。
天坑は森を完全に閉じ込めたのではありません。
周囲の森が伐採や土地劣化によって変わっていくなかで、変化の速度が遅い場所を偶然つくり出したのです。
巨大な岩壁が数百年かけて守ってきた森林でも、人間が簡単に到達できるようになれば、その均衡は短期間で変わり得ます。
中国の天坑に残る森は、地球の過去をそのまま保存した標本ではありません。
地形、水、微気候、隔離、人間活動が重なった結果として成立した、現在進行形の生態系です。
地上から見れば、天坑は何もない巨大な穴に見えるかもしれません。しかし、その底には、周囲から失われた森林の一部と、地表とは異なる時間の流れが残されているのです。
参考文献
[1] Su Y, Tang Q, Mo F, Xue Y. Karst tiankengs as refugia for indigenous tree flora amidst a degraded landscape in southwestern China. Scientific Reports. 2017;7:4249. DOI: 10.1038/s41598-017-04592-x.
[2] Shui W, Chen Y, Jian X, et al. Original karst tiankeng with underground virgin forest as an inaccessible refugia originated from a degraded surface flora in Yunnan, China. Scientific Reports. 2022;12:9408. DOI: 10.1038/s41598-022-13678-0.
執筆:水野玲
検証・編集:白石慎
