
2019年12月9日、ニュージーランドの火山島ファカアリ(ホワイト島)が噴火し、島にいた観光客やガイド47人のうち22人が死亡しました。ファカアリは監視されていなかった火山ではありません。地震活動や火山性微動、ガス放出は継続的に観測され、噴火の約3週間前には火山警戒レベルも1から2へ引き上げられていました。それでも、12月9日に爆発が起こると事前に判断することはできませんでした。水蒸気噴火では、比較的浅い場所にある熱水や火山ガスが急激に加圧されて爆発するため、長期間続く分かりやすい前兆が現れないことがあります。ファカアリでも、噴火前4週間の発生確率は8〜14%と評価されていましたが、それだけでは「いつ危険になるのか」までは絞れませんでした。
ところが噴火後、蓄積されていた地震データをさかのぼって解析すると、その数日前から数時間前にかけて地下の状態が変わっていたことを示す信号が見つかります。2020年の研究は、2011年から2020年初頭まで約9年間の地震性微動を機械学習で解析し、2019年噴火の約17時間前に警報条件を満たし、約4時間前には100個の判定モデルの94%が噴火接近側の判定を出す状態になっていたことを示しました。ただし、このモデルは警報基準を0.8にすると9年間で58回警報し、その期間に実際の噴火を含んだのは5回でした。前兆らしい信号を拾えても、それが本当に噴火へつながる異常なのかをリアルタイムで判別することには、別の難しさがあります。
さらに2022年の研究では、ファカアリだけでなくニュージーランド、アラスカ、カムチャツカ半島の6火山・18噴火へ対象を広げ、地震性微動の中周波数帯と高周波数帯の比率であるDSARの変化を比較しています。ファカアリ2019年噴火では、nDSAR medianが噴火の約2〜4日前にピークを迎え、その後低下。約16時間前には複数の周波数帯で大きな微動が発生し、研究チームはこれを、地下の熱水系をふさいでいた「シール」が壊れ始める過程と解釈しました。つまり、直前の4時間だけを見るのではなく、数日前のシール形成と加圧、約16〜17時間前の変化、最後の数時間の破壊まで、一連の過程として捉えられる可能性が出てきたのです。
ロザニカでは、2020年研究の約9年間にわたる地震波解析と、2022年研究の6火山18噴火の比較を時間軸に沿ってつなぎ、「噴火前に何が観測されていたのか」と「それを事前警報としてどこまで使えたのか」を追いました。すると見えてくるのは、「何の前触れもない噴火」でも、「前兆さえ見つければ予知できた噴火」でもありません。ファカアリでは地下の変化を示す信号が数日前から残されていた一方、それに似た揺れは噴火しない時期にも現れ、別の噴火では同じ特徴が弱い場合もありました。本記事では、噴火数日前から約40分前までに記録された変化をたどりながら、地震波から見える前兆がどこまで噴火予測につながるのか、その境界を検証します。
「警戒レベル2」でも、噴火する時刻までは分からなかった
まず押さえておきたいのが、「火山警戒レベル」と「噴火予測」は同じものではないという点です。
ファカアリでは2019年11月18日、火山警戒レベルが1から2に引き上げられました [2]。
しかし、警戒レベルは基本的に、その時点で火山がどのような状態にあるのかを表す指標です。
「現在、火山活動が高まっている」
ことを示すことはできても、
「明日の午後2時ごろ噴火する」
といった未来の噴火時刻を直接予測するものではありません。
実際、2019年12月2日から始まる4週間について専門家が評価した噴火確率は、およそ8〜14%と見積もられていました [1]。
この数字は決してゼロではありません。
しかし、逆にいえば「その4週間のどこかで噴火する可能性」があるという情報だけでは、観光客をいつ島へ入れるべきか、あるいはいつ全面的に閉鎖すべきかという判断には十分ではありません。
特にファカアリで問題になるのが、マグマそのものが大規模に噴き出す噴火だけではなく、地下の熱水や水蒸気が急激に膨張して起きる「水蒸気噴火」です。
地下には、熱せられた地下水や火山ガスが存在しています。
その流体が岩石や粘土、硫黄などによって閉じ込められ、圧力が上昇し、何らかのきっかけで一気に減圧すると爆発が起こる可能性があります [2]。
しかも、このプロセスは地下数十〜数百メートルほどの比較的浅い場所で進むことがあります [2]。
そのため、巨大なマグマが地下深部から移動するタイプの噴火と比べて、分かりやすい長期的な前兆が現れにくいのです。
さらに厄介なのは、地下で「蓋」が形成されると、むしろ地表の活動が静かになる可能性があることです。
2022年の研究は、透水性の低い層によって地下の流体が閉じ込められると、地表へのガスや熱水の流出が減少し、一見すると火山活動が落ち着いたように見える場合があると指摘しています [2]。
しかし地下では、逆に圧力が高まり続けているかもしれません。
静かになったことが、安全になったことを意味するとは限らない。
これが、水蒸気噴火を監視する難しさの一つです。
地震波の中に残っていた「4時間の異常な揺れ」
では、2019年の噴火前には、本当に予兆らしいものは存在しなかったのでしょうか。
2020年、オークランド大学のDempseyらは、ファカアリで観測された約9年間の地震データを機械学習で解析しました [1]。
研究対象となったのは、2011年から2020年初頭までに記録された地震性微動です。
地震性微動とは、一般的な地震のように「ドン」と一度だけ発生する揺れではなく、火山内部の流体移動などによって連続的に発生する振動です。
研究チームは地震波を、
・RSAM
・MF(中周波数帯)
・HF(高周波数帯)
・DSAR
という複数の指標に分け、10分ごとに解析しました。
さらに48時間分の地震波を一つの窓として切り出し、平均値、最大値、振動周期、傾き、周波数成分など、数百種類の特徴を抽出しました [1]。
その中から、噴火前に繰り返し現れる特徴を探したのです。
すると興味深いパターンが見つかりました。
2019年の噴火や2013年の噴火などでは、噴火前にRSAMが急激に大きくなる「バースト」が現れ、その状態がおよそ4時間続いていました [1]。
さらに、その振動の上には約40分周期の変動も重なっていました。
研究者たちは、この約4時間の異常な地震性微動について、地下の熱水系へマグマ由来の高温流体が流れ込み、熱水系をさらに加圧していた可能性を示しています [1]。
そこで研究チームは、過去の噴火データから特徴を学習した100個の決定木モデルを使い、「今後48時間以内に噴火する状態かどうか」を10分ごとに判定する仕組みを構築しました。
そのモデルを使い、2019年噴火のデータだけを学習から除外して検証すると、噴火約17時間前に警報条件を満たす結果となりました [1]。
さらに噴火約4時間前には、100個のモデルのうち94%に相当するモデルが「噴火が近い」と判定する状態に達していました [1]。
図解1:2019年噴火直前に地震波へ現れた変化

地下では「蓋」が作られ、圧力が高まっていた?
2020年の研究では、噴火直前の数時間に現れる特徴が注目されました。
しかし、その2年後に発表された研究では、さらに時間をさかのぼり、噴火数日前から地下で変化が進んでいた可能性が示されました [2]。
Ardidらはファカアリだけではなく、ニュージーランド、アラスカ、ロシア・カムチャツカ半島にある6火山、合計18回の噴火について地震性微動を比較しました [2]。
そこで注目されたのが「DSAR」という指標です。
DSARは簡単にいえば、中周波数帯の地震性微動と高周波数帯の地震性微動の比率を見るものです。
研究では、このDSARをさらに正規化して解析した「nDSAR median」が、複数の噴火前に特徴的な変化を示しました。
ファカアリ2019年噴火では、nDSAR medianが噴火数日前に向かって上昇し、噴火のおよそ2〜4日前にピークを迎えています [2]。
その後、噴火直前には逆に低下しました。
研究者たちは、この変化を地下の熱水系に形成される「シール」と結びつけています。
火山の地下には、割れ目や隙間を通ってガスや熱水が移動しています。
ところが、
粘土質の物質
硫黄
熱水変質によって生成した鉱物
などが隙間をふさぐと、流体が通りにくい層が形成される場合があります [2]。
いわば、地下の圧力鍋に「蓋」が作られるような状態です。
ガスの逃げ道が失われれば、その下にある地下水や熱水系の圧力は高まっていきます。
2019年噴火について研究チームは、噴火までの約1か月を大きく5段階に分けています [2]。
まず11月10〜23日ごろには、マグマ起源の流体と地下の熱水系が相互作用していた可能性があります。
その後11月23日〜12月2日ごろには、ガスが周期的に放出される状態が続きました。
この時期には、地下で一時的に圧力が上昇してはシールが壊れ、再びガスが抜けるというサイクルが繰り返されていた可能性があります [2]。
そして12月3日以降、状況が変化します。
研究では中周波数と高周波数の地震性微動の動きが分離し、nDSAR medianが上昇しました。
この期間には、目立ったSO₂放出や地表活動の増加が報告されていませんでした [2]。
研究者たちはここで、地下のシールがより強固になり、流体が地表へ抜けにくくなった可能性を考えています。
つまり、地表だけを見れば活動が静かになっている一方、地下では圧力が蓄積していた可能性があるのです。
その後、噴火数日前になるとnDSAR medianは低下し始めます。
そして噴火約16時間前、すべての地震性微動帯で大きな活動のバーストが発生しました [2]。
同時に「inverse RSAM」と呼ばれる指標が特徴的な直線的低下を示しています。
研究者たちは、この変化を地下のシール内部で亀裂が次々と発生し、破壊が連鎖していく過程と解釈しています [2]。
最後には、噴火のおよそ40分前まで強いSO₂信号も観測されました [2]。
これが地下の「蓋」が最終的に壊れていく段階を反映していた可能性があります。
図解2:ファカアリ地下で進んだと考えられる5段階

「前兆があった」と「噴火を予知できた」は同じではない
ここまでを見ると、
「それほど多くの前兆があったなら、なぜ噴火を予測できなかったのか」
と思うかもしれません。
しかし、この点こそがファカアリの事例で最も重要です。
前兆らしい信号が存在することと、その信号をリアルタイムで「噴火が迫っている証拠」と判断できることは別問題だからです。
2020年の機械学習モデルは、警報の判定基準を0.8にすると、研究対象となった直近7回の噴火のうち5回を事前に警告できる結果となりました [1]。
一見するとかなり優秀に見えます。
しかし、その設定では9年間に58回の警報が発生しました。
そのうち実際に噴火を含んでいた警報は5回です。
つまり、「警報が出た期間中に噴火する確率」は研究上約8.6%でした [1]。
逆に、警報条件を厳しくして0.93まで上げると、警報回数は26回まで減り、警報中に噴火する確率は約15%まで上昇します。
しかし今度は、2013年10月3日の噴火を見逃してしまいました [1]。
見逃しを減らそうとすれば、空振りの警報が増える。
空振りを減らそうとすれば、今度は本物の噴火を見逃す可能性が高くなる。
火山予測には、この避けられないトレードオフがあります。
さらにモデルは、2016年4月のファカアリ噴火を完全に見逃しました [1]。
この噴火では、2012年、2013年、2019年に見られた約4時間周期や40分周期の特徴が弱かったためです。
2016年の噴火について研究では、浅い熱水系に閉じ込められた流体が爆発した純粋な熱水性イベントだった可能性が示されています [1]。
つまり、同じ火山であっても、噴火する仕組みが違えば前兆も変わる可能性があるのです。
2022年の研究でも同様の限界が確認されています。
ファカアリ、ルアペフ、トンガリロといった水蒸気噴火ではDSARのパターンに一定の共通性が確認されました。
一方、マグマ噴火を含む別タイプの噴火まで対象を広げると、その共通性は弱くなりました [2]。
つまり、「どの火山にも使える万能な噴火サイン」が見つかったわけではありません。
ロザニカ編集部の考察
ファカアリ2019年噴火を「何の前兆もない突然の噴火」と表現するのは、少し単純化しすぎているように見えます。
研究から浮かび上がるのは、むしろ逆です。
地下では噴火の数日前から状態が変化し、約16〜17時間前にはさらに特徴的な地震信号が現れていた可能性があります [1][2]。
問題は、膨大な火山活動のノイズの中から、それが本当に噴火へつながる信号なのかを、その瞬間に見抜けるかどうかです。
火山は普段から揺れ、ガスを出し、熱水を噴き上げます。
そのたびに避難警報を出せば、観光や地域経済への影響は大きくなり、空振りが続けば警報そのものへの信頼も低下します。
一方で警報条件を厳しくしすぎれば、本当に危険な噴火を見逃す可能性があります。
そしてもう一つ、この研究が示している興味深い点があります。
火山が「静かになった」ときこそ、地下では何かが起きている可能性があるということです。
ガスや熱水が地表へ抜けなくなれば、観測される地表活動は弱まるかもしれません。
しかし、それが地下の圧力低下ではなく、「出口がふさがれた結果」だとすれば意味は正反対になります。
ファカアリ2019年噴火は、火山監視において「異常が増えること」だけでなく、「異常が消えること」の意味まで読み解かなければならない難しさを示した事例ともいえそうです。
現在の研究が示しているのは、噴火を完全に予知できる未来ではありません。
地震波やガスデータの中から人間には見つけにくい変化を自動的に抽出し、「今までより少し早く危険を察知できる可能性」が見えてきた段階です。
「突然の噴火」に見えたファカアリの爆発。
その地下では、数日前から静かに“蓋”が作られ、圧力が高まり、そして最後の数時間でその構造が崩れていたのかもしれません。
参考文献
[1] Dempsey DE, Cronin SJ, Mei S, Kempa-Liehr AW. Automatic precursor recognition and real-time forecasting of sudden explosive volcanic eruptions at Whakaari, New Zealand. Nature Communications. 2020;11:3562. doi:10.1038/s41467-020-17375-2.
[2] Ardid A, Dempsey D, Caudron C, Cronin S. Seismic precursors to the Whakaari 2019 phreatic eruption are transferable to other eruptions and volcanoes. Nature Communications. 2022;13:2002. doi:10.1038/s41467-022-29681-y.
執筆:水野玲
検証・編集:白石慎
