【コラム】史料に「書かれていないこと」を、どう扱うべきか

こんにちは。ロザニカで歴史・史料を担当している高瀬りょうです。歴史の記事を書くとき、僕はできるだけ当時の記録まで遡り、複数の史料を突き合わせるようにしています。ただ、調べれば調べるほど、史料に「書いてあること」だけでなく、「書かれていないこと」に出会います。

誰が何をしたのか分からない。ある期間だけ記録が途切れている。当事者の日記にも、公文書にも、その出来事への言及が見つからない。そんなとき、僕は「記録がないのだから、そんなことはなかった」とは考えません。一方で、「記録がないだけだから、実際には何でもあり得る」とも考えません。この二つの間をどう扱うかは、歴史を読むうえでかなり大事な問題だと思っています。

「書かれていない」と「なかった」は、同じではない

過去に起きたことのすべてが、記録されたわけではありません。記録されたもののすべてが、現在まで残ったわけでもありません。そもそも文字に残す必要がないと思われていたこともあれば、書類が火災や戦争、廃棄によって失われたこともあります。本人が知らなかった、意図的に書かなかった、記録する立場になかった、という可能性もあります。

だから僕は、ある史料に何も書かれていないとき、まず「なぜ書かれていないのか」を考えます。その史料は、そもそも何を記録するために作られたのか。書いた人はその出来事を知る立場にいたのか。その人にとって、記録するほど重要な出来事だったのか。こうした条件を見ずに、「書いていない=起きていない」と結論づけるのは危険です。

史料は過去そのものではありません。過去から偶然、あるいは特定の制度や目的によって残された断片です。現在の僕たちが見ている歴史は、その断片から組み立て直したものだという前提は、忘れない方がいいと思っています。

空白があると、人は物語で埋めたくなる

分かりやすい例が、ウィリアム・シェイクスピアです。1585年に双子のハムネットとジュディスが洗礼を受けた記録が残ったあと、1592年にロンドンで劇作家・俳優として活動していたことが確認できるまで、彼が何をしていたのかを確実に示す記録はほとんどありません。この期間は、しばしば「失われた年月(Lost Years)」と呼ばれています。

そして、この空白には多くの物語が入り込みました。教師をしていた、法律関係の仕事をしていた、兵士になった、旅芸人の一座に加わった、鹿を密猟して故郷を離れた――さまざまな説があります。しかし、シェイクスピア・バースプレイス・トラストも、この時期について確かな文書証拠はなく、後世に多くの伝承や推測が生まれたと説明しています。

僕は、この例が面白いのは「シェイクスピアが本当は何をしていたのか」以上に、空白があると私たちはそこを埋めたくなることです。「分かりません」では物足りないので、もっともらしい説明を探す。そして何度も語られているうちに、「そういう説がある」が「そうだったらしい」に変わっていく。歴史の記事を作るとき、僕が特に警戒している変化の一つです。

そもそも、記録に残りやすい人と残りにくい人がいる

もう一つ考えておきたいのが、「誰の記録が残っているのか」です。王や政治家、軍人、有力者について大量の史料が残っているからといって、彼らだけが歴史を動かしていたわけではありません。単純に、記録を作り、保存する制度の近くにいた人ほど、後世から見えやすいという面があります。

英国国立公文書館も、中世・近世の記録は一般に裕福な土地所有者についての情報が多く、普通の人々は記録が少ないと説明しています。ただし、そうした人たちも裁判、土地、税、相続など別の目的で作られた文書に現れることがあります。例えば15~17世紀のCourt of Requestsの記録には、財産、相続、婚姻契約などをめぐる訴訟を通して、当時の一般の人々の生活を知る手掛かりが残されています。

ここから分かるのは、「記録にあまり登場しない=存在感の薄い人だった」とは限らないということです。むしろ、その人がどんな場面なら記録に現れる社会だったのかを見る必要があります。史料の沈黙は、ときに過去の社会そのものより、記録を残した制度の性格を映していることがあります。

では、「書かれていない」は何の証拠にもならないのか

ここまで読むと、「では史料に書かれていないことは、完全に無視すればいいのか」と思われるかもしれません。僕はそうも考えていません。場合によっては、「書かれていない」という事実そのものに意味があります。

鍵になるのは、もしその出来事が本当に起きていたなら、その史料に書かれる可能性がどれくらい高かったのかです。例えば、個人的な日記にある人物の名前が出てこないことと、その施設にいた全員を記載するために作られた名簿に名前がないことでは、同じ「記載なし」でも重みが違います。歴史研究で「沈黙からの推論」と呼ばれる考え方でも、問題になるのは、出来事が本当にあった場合に、その史料へ記録されることをどこまで期待できるかです。

ですから僕が気にするのは、「ない」ことだけではありません。「あるはずなのに、ないのか」です。書き手は知っていたはずなのか。その文書は網羅性を求められる性質だったのか。同じ種類の出来事は普段きちんと記録されているのか。条件がそろうほど、沈黙は少しずつ意味を持ちます。それでも、僕はそれだけで「絶対になかった」とまでは言いたくありません。

僕が一番警戒するのは、空白が事実に変わる瞬間

歴史の空白を扱うとき、一番危ないのは推測すること自体ではないと思っています。仮説を考えることには意味があります。問題は、その仮説がいつの間にか事実として扱われ始めることです。

「記録がない」から始まり、「こうだった可能性もある」になり、「こうだったのではないか」となり、何度も引用されるうちに「実際にはこうだった」と語られる。この変化は意外と気づきにくいものです。特に歴史上の未解決事件、有名人物の私生活、古代文明、失踪、伝説のような題材では、証拠が乏しいほど物語の入る余地が大きくなります。

だから僕は、記事を書くときに「確認できること」「推測できること」「現時点では分からないこと」をできるだけ分けて考えます。「分からない」と書けば、話としては少し地味になるかもしれません。でも、空白をもっともらしい物語で埋めてしまうより、その方が歴史を扱う態度としては健全だと思っています。

史料を読むということ

歴史には、どうしても埋まらない穴があります。新しい文書が発見されれば埋まることもありますが、そのまま永遠に分からないこともあるでしょう。僕は、その空白をすべて埋めることが歴史を調べる仕事だとは思っていません。

大切なのは、「書かれていないから存在しなかった」と急がず、「書かれていないから何を想像してもいい」とも考えないこと。そして、なぜ記録がないのか、もし本当なら記録されるはずだったのかを考えることです。それでも判断できなければ、「ここから先は分からない」と残す。その空白を空白のまま受け止めることも、残された史料から過去を考えるという作業の一部なのだと思っています。


参考文献

1.Shakespeare Birthplace Trust, “Shakespeare’s ‘Lost Years’”
2.Folger Shakespeare Library, “Shakespeare’s life”
3.The National Archives (UK), “Medieval and early modern family history”