チェルノブイリの放射性物質は“消えた”のか?35年の地下水観測と2015年山火事から移動経路を追跡調査

Visual by ロザニカ, via midjourney

1986年のチェルノブイリ原子力発電所事故では、セシウム137やストロンチウム90、プルトニウムなどの放射性核種が周辺の土壌や森林、水域へ降り積もりました。事故からすでに数十年が経ち、セシウム137やストロンチウム90は物理的半減期に相当する約30年も経過しています。それでも、立入制限区域から放射性物質がなくなったわけではありません。問題は単純な「残っている量」だけではなく、事故後にそれらがどこへ移動し、どこで保持され、何をきっかけに再び動き出すのかです。

地下水だけを見ると、状況は事故直後に懸念された「汚染が地下へ広がり続ける」というイメージとはかなり異なります。2022年の研究は、立入制限区域で35年間蓄積された観測データを解析し、過去20年間では多くの地点でセシウム137とストロンチウム90の地下水濃度が低下するか、ほぼ一定になっていることを示しました。2019年の浅い帯水層では、セシウム137は多くの井戸で1立方メートル当たり10~100ベクレル程度だった一方、ストロンチウム90は100~10万ベクレルと地点差が大きく、87本中16本では論文が比較に用いた飲料水基準値を上回っていました。つまり、時間の経過とともに全体として濃度が下がる一方、核種の性質や汚染源の位置によって、現在も高濃度地点が残っています。

ところが、地表近くにとどまった放射性物質には別の移動経路があります。2015年に立入制限区域で起きた大規模な山火事を解析した2016年の研究では、衛星画像による焼失範囲、地表の汚染分布、大気拡散モデルを組み合わせ、春と夏の火災からセシウム137が約10.9テラベクレル、ストロンチウム90が約1.5テラベクレル大気中へ放出されたと推定しました。セシウム137やストロンチウム90の一部は区域外へ運ばれた一方、欧州の大部分で追加される推定被ばく線量は非常に低い水準でした。森林や表層土壌に保持されることは地下への移動を抑える一方、その森林が燃えれば、そこに蓄積していた放射性物質が煙や灰とともに再び動き始めるのです。

ロザニカでは、35年間の地下水観測で捉えられた「長期的な濃度低下」と、2015年山火事で推定された「地表から大気への再放出」をつなぎ、事故後の放射性物質が水・土壌・森林・大気の間をどう移動しているのかを追いました。 ここから見えるのは、チェルノブイリの汚染が時間とともに一方向へ薄まっていく単純な現象ではないということです。核燃料粒子からの供給量が減り、土壌への吸着や植物への取り込み、放射壊変などによって地下水濃度は多くの地点で低下しています。しかし、その過程で地表や森林に保持された放射性物質は消滅したわけではなく、火災のような環境変化によって再び大気へ移る可能性があります。本記事では、35年分の地下水データと2015年の山火事解析をたどりながら、チェルノブイリの放射性物質が「減ること」と「動くこと」を同時に見ていきます。

チェルノブイリ事故から数十年、放射性物質はどこへ行ったのか

1986年4月26日、チェルノブイリ原子力発電所4号機の事故によって、放射性物質を含むエアロゾルや細かな核燃料粒子が大気中へ放出されました。それらは周辺の土壌や森林、水域に降り積もり、特に原発から半径約30キロメートルの範囲で高い汚染が確認されています。この地域が、現在の「チェルノブイリ立入制限区域」です [1]。

事故から長い時間が経った現在も残る代表的な放射性核種には、セシウム137、ストロンチウム90、プルトニウムの各同位体、アメリシウム241などがあります。

チェルノブイリの土壌における移動性は、おおむねストロンチウム90、セシウム137、プルトニウム、アメリシウム241の順に低くなることが報告されています。事故後最初の10年間に観測された土壌中での下向きの移動速度は、年間約1センチメートル前後か、それ以下でした。ストロンチウム90はセシウム137よりも20~50%ほど速く下方へ移動する傾向があったとされています [1]。

2020年に行われた土壌調査でも、セシウム137の90%以上は地表から深さ20センチメートルまでの範囲に集中していました。一方、ストロンチウム90は深さ40センチメートル程度まで、より広く分布していました。場所によっては、深さ40~50センチメートル付近にストロンチウム90の第二のピークが見つかっています [1]。

つまり、放射性物質は事故直後の場所に完全に固定されているわけではありません。しかし、すべてが雨水に流され、一気に地下水へ到達したわけでもないのです。

事故時に放出された放射性物質の一部は、核燃料粒子の内部に取り込まれていました。当初は動きにくかったものの、粒子が雨水や酸素にさらされ、長い時間をかけて化学的に風化すると、内部の放射性物質が水に溶けやすい形で放出されることがあります。粒子の状態や土壌の酸性度によって溶解速度が異なるため、同じ立入制限区域内でも汚染の動き方には大きな差が生まれます [1]。

図解1:放射性物質が事故後にたどった経路

地下水の放射性物質はなぜ減った?35年間の観測で見えた「自然減衰」

チェルノブイリ周辺の地形は平坦で、地表付近には水を通しやすい砂質の土壌が広がっています。雨水の年間浸透量も比較的大きいため、事故当初は放射性物質が地下水を通じて広範囲へ移動する危険性が強く懸念されました。

ところが、35年間にわたる地下水の観測結果は、単純な「地下水汚染の拡大」とは異なる姿を示しています。

2019年に浅い不圧帯水層を調べたところ、セシウム137の濃度は、多くの観測井戸で1立方メートル当たり10~100ベクレル程度でした。これは論文が比較に用いた飲料水基準値の1立方メートル当たり1万ベクレルを大きく下回っています [1]。

一方、ストロンチウム90の濃度は、1立方メートル当たり100~10万ベクレルと地点による差が大きく、87本の観測井戸のうち16本では同基準値を上回っていました。濃度が高かったのは、放射性廃棄物の埋設地や、汚染された湖底堆積物を持つ水域から水が浸透する場所などです [1]。

この差は、セシウム137とストロンチウム90が、地下で同じようには動かないことを示しています。

セシウム137は土壌粒子に吸着されやすく、現在も多くが地表近くに保持されています。対してストロンチウム90は、セシウム137よりも地下環境で移動しやすく、核燃料粒子が溶解すると地下水へ入り込む可能性があります。そのため、両者の地下水濃度には明確な相関が見られませんでした [1]。

ただし、ストロンチウム90についても、すべての地点で濃度が上昇し続けているわけではありません。多くの観測地点では、事故後最初の10年間に濃度が上昇した後、安定または低下へ転じました。過去20年間では、セシウム137とストロンチウム90の濃度が、大部分の観測地点で減少するか、ほぼ一定に保たれています [1]。

研究者らは、この傾向を複数の「自然減衰」が組み合わさった結果と考えています。

まず、放射性物質を供給していた核燃料粒子の溶解が進み、地下水へ新たに放出される量が徐々に減ってきました。さらに、廃棄物埋設地の下では、地下水のpHやカルシウム濃度などが時間とともに変化し、ストロンチウム90が移動しにくい化学環境へ近づいた地点があります [1]。

植物も無関係ではありません。ストロンチウムはカルシウムと、セシウムはカリウムと化学的な性質が似ているため、植物に取り込まれます。落ち葉や枯れた植物が土へ戻れば、放射性物質も表層付近で循環します。これは汚染がなくなることを意味しませんが、地下深くへ移動する速度を抑える働きを持つ可能性があります [1]。

ほかにも、放射壊変による減少、地下を移動する間の分散、河川や井戸での清浄な水との混合が濃度低下に関係しています。したがって、タイトルにある「地下水では薄まり」という現象は、単なる水による希釈だけでは説明できません。

汚染源からの放出量が減り、土壌に吸着され、植物に取り込まれ、地下で移動が遅れ、その間に放射壊変が進む。この複数の障壁が重なった結果なのです。

さらに、2014年から始まった冷却池の廃止によって、汚染水が地下へ浸透する量は減少しました。2016年に4号機を覆う新安全閉じ込め構造物が完成したことも、雨水の侵入と高濃度水の漏出リスクを抑える方向に働いたと考えられています [1]。

深い帯水層では、より低い数値が観測されています。原発の給水に使われる始新世の被圧帯水層では、1999~2019年のセシウム137とストロンチウム90の濃度は、おおむね1立方メートル当たり1~10ベクレルでした。また、チェルノブイリ市の水源となる、さらに深い白亜紀の帯水層でも、放射性汚染を示す証拠は確認されていません [1]。

消えたわけではない――4号機周辺や「赤い森」に残る汚染ホットスポット

地下水の全体的な傾向が改善しているからといって、立入制限区域の汚染問題が解決したわけではありません。平均値だけを見れば、局所的に残る高濃度地点を見落とします。

代表的なホットスポットの一つが、事故を起こした4号機周辺です。

2015年の調査では、4号機周辺の地下水から、セシウム137が1立方メートル当たり300~7万2000ベクレル、ストロンチウム90が1000~180万ベクレルの範囲で検出されました。プルトニウムやアメリシウムなどの超ウラン元素も、合計で1立方メートル当たり300~700ベクレルに達した地点があります [1]。

この場所では、事故で汚染された土壌が地下に埋まっているほか、破壊された原子炉建屋内に存在する高濃度の水が、潜在的な汚染源と考えられています。セシウム137などは過去20年間に低下傾向を示す一方、ストロンチウム90は地下水のpHやアルカリ度の変化に応じて増減を繰り返しています [1]。

もう一つの重要な場所が「赤い森」です。

事故直後、強い放射線を浴びた原発周辺の森林では、多くの樹木が赤褐色に変色して枯死しました。その後の除染作業では、汚染された表土や植物、建物の残骸などが、深さ2~3メートルの溝や地上の盛り土へ埋められています。原発周辺には800~1000か所ほどの廃棄物埋設地点があると推定され、その総量は約120万立方メートルに達します [1]。

埋められた放射性物質が地下水へ溶け出す地点では、特にストロンチウム90が高濃度になります。廃棄物埋設地の浅い地下水を直接採取した調査では、1立方メートル当たり100万~1000万ベクレルに達した例も報告されています [1]。

汚染された底質を持つ湖や、旧冷却池に残された水域も、継続的な汚染源になり得ます。湖水が岸や湖底を通って地下へ浸透する際、堆積物に残る核燃料粒子からストロンチウム90が溶け出す可能性があるためです。

重要なのは、チェルノブイリ全域が一様に危険なのではなく、汚染源と地質条件が重なる場所にリスクが集中している点です。

35年間のデータは、区域外や深い水源への影響が限定的であることを示す一方、4号機周辺、廃棄物埋設地、汚染された湖沼では、今後も監視が必要だと結論づけています [1]。

山火事が放射性物質を再び空へ運ぶ「再浮遊」とは

地下へ向かう動きが遅くても、放射性物質には別の移動経路があります。

それが山火事です。

事故で地表や森林に降り積もった放射性物質は、樹木や草、落ち葉、腐植、表層土壌などに保持されています。森林が燃えると、それらの一部が煙や灰、細かな粒子に取り込まれ、再び大気中へ放出されます。この現象は「再浮遊」と呼ばれます [2]。

2015年4月26日、事故からちょうど29年となる日に、チェルノブイリ立入制限区域で大規模な火災が発生しました。強風によって延焼範囲が広がり、消火には約1週間を要しています。同年8月にも別の火災が起こり、放棄された集落や森林が燃えました [2]。

論文によると、春の火災で影響を受けた面積は約1万882ヘクタールで、放射性物質の再浮遊計算に使われた実質的な焼失面積は9241ヘクタールでした。8月の火災では5867ヘクタールが影響を受け、実質的な焼失面積は5698ヘクタールと推定されています [2]。

研究チームは衛星画像から焼失範囲を特定し、地表の放射性物質の分布データと大気拡散モデルを組み合わせて、火災による放出量と移動先を推定しました。

春と夏の火災を合わせた放出量は、セシウム137が約10.9テラベクレル、ストロンチウム90が約1.5テラベクレルと推定されました。さらに、プルトニウム238が7.8ギガベクレル、プルトニウム239が6.3ギガベクレル、プルトニウム240が9.4ギガベクレル、アメリシウム241が29.7ギガベクレル放出されたと計算されています [2]。

興味深いのは、燃えた面積が小さかった夏の火災の方が、セシウム137の放出量が多かったことです。研究者らは、夏に燃えた場所の汚染度が、春の火災区域より高かったためだと説明しています [2]。

放出された核種の飛び方も同じではありません。

セシウム137やストロンチウム90は、比較的移動しやすい形で煙に含まれ、立入制限区域の外まで運ばれました。一方、プルトニウムやアメリシウムなどは、比較的大きな粒子に付着していたと想定され、近距離で地表へ落ちやすい傾向を示しています [2]。

春の火災で放出された煙は、まず東へ進み、その後北へ向きを変えました。モデル上ではロシア西部、フィンランド南部、スウェーデン、ラトビア、リトアニアなどへ到達しています。夏の火災では、ベラルーシやロシアのほか、ポーランド、ドイツ北部、デンマーク、スカンディナビア、バルカン半島方面へ分かれて運ばれたと推定されました [2]。

ただし、「欧州へ運ばれた」という事実と、「欧州全体に危険な線量をもたらした」という主張は別です。

モデルでは、追加被ばく線量は火災の発生源に近いほど高く、立入制限区域内の汚染森林付近では年間1ミリシーベルトを超える地点が生じたと推定されました。一方、欧州の大部分では、火災で再浮遊した放射性物質だけによる線量は0.001ミリシーベルトを大きく下回ると評価されています [2]。

火災由来のセシウム137による被ばく経路では、吸入が推定線量の63%を占め、地表への沈着が25%、大気中の放射性物質から受ける外部被ばくが12%でした。このため、特に火災現場で消火活動に従事する人々にとっては、煙を吸い込まないための防護が重要になります [2]。

図解2:山火事で放射性物質が空へ戻るまで

放射性物質はどう減り、どう移動するのか――水・土・森・大気をつなぐ全体像

チェルノブイリの放射性物質は「消えた」のでしょうか。

厳密には、答えは「一部は減ったが、残ったものの多くは場所や形を変えている」です。

放射性核種は放射壊変によって時間とともに減少します。セシウム137の物理的半減期は約30.2年、ストロンチウム90は約28.8年です。そのため、事故当時と比べれば放射能は確実に低下しています [1][2]。

しかし、半減期が過ぎたからといって、すべてが消えるわけではありません。約30年で半分になり、その後の約30年でさらに半分になるという形で減少していきます。加えて、プルトニウム239のように、半減期が数万年に及ぶ核種も残されています [1][2]。

地下水の観測からは、土壌への吸着や植物による循環、汚染源の枯渇、放射壊変、希釈などによって、多くの地点で濃度が低下していることが分かりました。一方で、山火事の研究は、森林に保持されていた放射性物質が、環境の急激な変化によって再び大気へ移動し得ることを示しています。

一見すると、両者は正反対の現象に見えます。

地下では移動が抑えられ、空では広い範囲へ運ばれる。しかし実際には、同じ放射性物質を異なる時間軸と経路から観測しているにすぎません。

平常時には、土壌や植物が放射性物質を保持する「障壁」として働きます。ところが、森林火災が起これば、その植物や表層土壌が放射性物質を運ぶ「発生源」に変わります。地下水汚染を抑えていた環境が、条件次第では大気汚染の出発点になり得るのです。

ここに、チェルノブイリの長期汚染を理解するうえでの重要な視点があります。

ロザニカ編集部として注目したいのは、放射性物質の残量だけではありません。どこに存在し、どのような状態で保持され、何をきっかけに再び動き出すのかという点です。35年間の地下水データは、広範囲な破局的汚染が進行し続けているという見方を支持していません。しかし同時に、監視をやめてよいとも示していません。4号機周辺や廃棄物埋設地、汚染された水域には、局所的なホットスポットが残っています [1]。

2015年の山火事についても、欧州の大部分で推定被ばく線量は低いものでした。しかし、火災が数十年前の汚染を再び動かすこと自体は確認されました [2]。

チェルノブイリの放射性物質は、静止しているのでも、突然すべて消えるのでもありません。

土にとどまり、水へ溶け、植物に取り込まれ、川で薄まり、ときには煙となって空へ戻る。事故から数十年後のチェルノブイリで続いているのは、「残っているか、消えたか」という二択では捉えられない、長い環境中の移動なのです。


参考文献
[1] Bugai D, Kireev S, Hoque MA, Kubko Y, Smith J. Natural attenuation processes control groundwater contamination in the Chernobyl exclusion zone: evidence from 35 years of radiological monitoring. Sci Rep. 2022 Oct 29;12(1):18215. doi: 10.1038/s41598-022-22842-5. PMID: 36309568; PMCID: PMC9617897.
[2] Evangeliou N, Zibtsev S, Myroniuk V, Zhurba M, Hamburger T, Stohl A, Balkanski Y, Paugam R, Mousseau TA, Møller AP, Kireev SI. Resuspension and atmospheric transport of radionuclides due to wildfires near the Chernobyl Nuclear Power Plant in 2015: An impact assessment. Sci Rep. 2016 May 17;6:26062. doi: 10.1038/srep26062. PMID: 27184191; PMCID: PMC4869032.

執筆:高瀬りょう
検証・編集:白石慎